見初められたら諦めましょう 2
絶対に電話をするようにと後輩に念押しされたので、その日の帰り道に駅のホームでかけてみた。
たまたま電車が出たばかりで十分ほど時間が空いたからだ。
しばらくの呼び出し音の後、留守電に切り替わった。
ちょっとだけホッとする。
何を言おうかなと考えて、無難に済ませることにした。
「です。取材からは戻ってきていたのですが、忙しくて電話が遅くなりました。すみません
それでご用件は何でしょうか。お急ぎでしたら、この後は自宅に戻りますのでお電話ください」
とりあえず電話したことには変わりないと『やり遂げた』感に安堵する。
これでかかってこなくても、それはそれで私的には問題ない。
今日の夕飯、何か買って帰ろうかな。
久々に早く退社できたことが嬉しくて、帰ってからのことを考えていると携帯が着信を知らせた。
知らない番号が浮かんでいる。いや、どこかで見たような。
それは五分ほど前に手書きの文字を見ながら押した番号に似ているような。
慌てて携帯を耳にあて、ホームの後ろに下がった。
「です」
「俺だ」
低くてキレのある声。なんというか素直に名乗らないのが、跡部らしい。
「どうも」
曖昧な挨拶をしたところで、ホームに入ってくる電車のアナウンスが入った。
それが跡部にも聞こえたらしい。
「駅か。どこの駅だ?」
聞かれたから駅名を答えた。
「そこなら十五分で着くな。迎えに行く。西口で待ってろ」
「え?跡部、ちょっと」
ブツッと切られた。
目の前に電車がすべりこんできて、人々が乗り込んでいく。
無視して電車に乗って帰るのは不味いだろうか。
迷っている間に電車のドアが閉まってしまった。
理由は分からないが、会って話さないとならない何かがあるのかもしれない。
気は乗らないが仕方がないと諦めて、待ち合わせ場所に向かうことにした。
十五分と言われたが、十分程度で跡部は来た。
学生時代は黒いベンツだったが、今は白のベンツだった。
どっちもどっちで目立つといったらない。
おまけに降りてきた運転手さんが、恭しく後部座席のドアを開けて「どうぞ」と言うので、乗らないわけにはいかなかった。
「よお」
「お邪魔します」
後部座席には当然のごとく跡部が座っている。
ゆったりとした座席で足を組んだ姿はファッション雑誌に出てくるモデルみたいだ。
おそるおそる腰を下ろすと、運転手さんがドアを閉めてくれる。
高級ソファ並みの感触に戸惑いつつ腰を落ち着かせると、車は滑るように走り出した。
「で?用って何?」
なんだか落ち着かなくて、探したシートベルトを固定しつつ単刀直入に訊ねてみた。
跡部は僅かに目を大きくすると、次には肩を揺らして笑う。
「用があるなんて言ってないだろ」
「ええ?じゃあ、なんで」
「お前、飯は食ったか?」
「まだだけど」
跡部は私の答えに頷いて、運転手さんに店の名前を告げた。
「あの、跡部ね」
「俺に電話するのを忘れてたなんていいやがったのはお前ぐらいだ」
「それは悪かったけど」
「悪いと思うなら付き合えよ。俺は昼もろくに食ってないんだ」
それは大変だったねと思うぐらいの気持ちはある。
私も修羅場になると昼抜きなんかしょっちゅうだ。
あれは気力、体力ともに萎える。
連れて行かれたのは有名ホテルのレストラン。
最上階からの夜景が美しいと評判で取材に行ったことがあるけれど、客として気軽に行ける店ではない。
仕事帰りのラフな服装では入れないと断ったら、個室だから平気だとレストランの特別室みたいなところに案内された。
確かに他の客には見られないけど、完全に二人きりになってしまい気まずいったらない。
「なんだ、落ち着かないのか?」
「庶民には敷居の高い店だから。仕事で来るのとは違うもの」
「ふ〜ん。なら、どんなところがいいんだ?」
「普通のとこよ。定食屋とか、ちょっと洒落た洋風居酒屋とか、そんなとこ」
「わかった。それは次に考えておく」
次って・・・
問い返す前に扉がノックされて前菜が運ばれてきた。
目にも美しい料理の数々に聞きたかったことが飛んで行ってしまう。
結局のところ跡部との食事は何事もなく終わった。
日々の仕事のことやクラスメイトの近況などを話し、それなりに楽しく時間を過ごした。
特に何も頼まれず、もともとの用件も分からないままに自宅まで車で送ってくれた。
「今日はありがとう。御馳走様でした」
食事代も払ってくれたしと深々と頭を下げる私に、跡部は可笑しそうに唇の端をつりあげた。
「また連絡する。じゃあな」
運転手さんが後部座席のドアを閉め、運転席に回る。
その間、跡部はガラス越しに私をじっと見ていた。
私はというと「また?」の意味を考えていて、跡部の視線など気にもしていなかった。
見初められたら諦めましょう 2
2012/12/23
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