俺様の恋 2『不自由のない恋』










俺は女に不自由したことはない。
自慢でも何でもなく、事実だ。


黙っていても女は次々と寄ってくるし、自分から欲しいと思うほどの女に出会ったこともない。
テニスが最優先の俺には、邪魔にならない程度に軽く付き合える女を短期間で変えていくのが一番都合いい。
長々と付き合って恋人顔されるのは鬱陶しいし、あれやこれやと束縛されるのはご免だ。
短い期間に恋の楽しみを味わって、直ぐに後腐れなく別れる。
それが効率的だろう。



「入るよ!」



部室に残って明日の練習メニューに目を通していたら、ノックと共に間髪いれずが入ってきた。



「お前、ノックをしたら返事を確認してから開けろよ。更衣室も兼ねてるんだぜ?」


「見せて減るもんじゃないでショ。細かい男は嫌われるのよ?」
「そういう問題じゃないだろ?」


「コレ、お願い。」



バンッと、目の前に音を立てて置かれたのは備品請求の書類。
俺のサインがいる空欄をコツコツと爪先で叩くの指に巻かれた絆創膏。
見れば他の指にも絆創膏が幾つか巻かれていた。



それは、どうした?



訊ねようと口を開くより先にテーブルを挟んだが話し始めた。



「部室の前で3組の山辺さんが待ってるよ。」
「山辺?誰だ、それは?」


「あなたねぇ。跡部景吾が先週まで付き合ってたカノジョじゃないの?」
「ああ、悠美か。アレには用はない。もう済んだことだ。」


「そっちに用はなくても、彼女には用があるのよ。ずっと待ってるって。出て行って話を聞いてあげて?」
「遠慮する。お前、こんなにテーピングの種類が必要か?」


「仮にも一週間前までは恋人だったんだでしょう?行ってあげなよ。
 テーピングはね、いろんな種類を揃えた方が個人にあわせて使えるのよ。」


「終わったことだ。下手に情をかけると、後々面倒なんだよ。
 テーピングはコレでサインしてみるが・・・許可が下りるかは分からねぇぞ。」


「面倒って、何よ!跡部、そのうち夜道で刺されるよ?
 人と人って、関った以上は『ハイ、終わりましょ』で切れるものじゃないでしょう?
 許可は部長の手腕で必ず貰ってきて頂戴!」



サインをして、うるさいに書類を突き返した。



「お前に説教される筋合いはねぇんだよ。」
「人でなし」


「ああ?」
「冷血漢。鬼。自己チュー。血も涙もない男。サイテー。」


「テメェ」



淡々と言葉を並べるを睨んでも動じやしない。
出て行けと、むかっ腹がたって立ち上がれば、絆創膏だらけの手が俺の腕を掴んだ。



「何をする、」
「とにかく顔を見てゴメンナサイと頭を下げなさいよ。
 それで、こんな人でなしの俺の事は忘れてくれと説得しなさい!」


「なんで俺が」



ぐいぐいとドアにむけて俺の腕を引っ張るがくるりと体の向きを変えて俺を見上げる。
そして、強い勝気な瞳をむけてきた。



「あなたが知ってるか知らないか知らないけど、あなた以外の人間にも感情はあるのよ?
 好きって気持ちとか、苦しいって気持ちとか、痛いって感じる心があるの!
 どっちかが『終わりました』って言って、相手も直ぐに『こっちも終わります』って気持ちをリセットできるものじゃない。
 そんなことも分からないなんて。跡部、どっか足りないんじゃないの?」 


「なんだと?」


「跡部は自分を何でもできる完璧な人間だと思い違いしてるみたいだけど、本当は足りないものだらけなんじゃないの?」



この時、俺は生まれて初めて女を殴りたいと思った。
殺気はにだって伝わっていたはずだ。
だが、は目を逸らさずに俺を真っ直ぐに見上げていた。
拳を握り締めて怒りを抑えようとする俺との間に沈黙が落ちる。


突然、先にが「ゴメン」と小さく言った。



「ちょっと言い過ぎた、ゴメン。
 末端の部員達にまで心を配ってる跡部を知ってるのに・・・。
 けど・・だからこそ、女のコたちをモノみたいに扱う跡部を見てるのが嫌なの。
 誰と付き合うと勝手だけど、女のコたちにも気持ちがあるって事を忘れないで。
 200人の部員が憧れる跡部景吾なの。こんなことで名を落とすのはテニス部の端くれとして辛いわ。」



そう言って俺の腕から手を離し、書類を胸に抱くようにして部室を出て行った。


俺はに言われた言葉の意味を考える。
誰にも意見されたことのない事を正面から突きつけられた、そんな気持ちだ。


部室の窓から覗く欠けた月を見上げながら、俺は今までの俺を振り返っていた。





外に出ると先週別れた女が立っていた。
俺の顔を見てホッとしたのが分かり複雑な気持ちだ。



「俺はもう、」


「さっきまでさんが一緒にいてくれたの。
 いろいろ景吾クンの話とか聞いてくれてね。なんか、それでスッキリしちゃった。

 はじめから景吾クンは誰にも本気にならないって知ってて付き合ってもらったし、ね。
 ただ、それでもやっぱり景吾クンのこと好きだったし・・・なんか諦めるのが辛くって。
 短かったけど、とっても・・・嬉しくて幸せだったから。」



ポロポロと涙を流す女に気持ちが動いた。
今までなら泣かれるだけでウザイと腹が立ったのに。
こんな俺を好きだと言って涙を流す姿に、自然と言葉が口をついて出た。



「すまなかった」



彼女は笑って帰っていった。
俺は闇の中に小さくなる白い夏服を見送って、一つ溜息をつく。


今までの恋は何の感情もなく終わっていったのに、この別れは後味が悪かった。
苦々しい思いで歩き出せば、遠くで白い何かが動いているのが見えた。


近づいてみれば、洗い場で洗濯物を干しているだった。
月明かりと僅かに届く遠い外灯の明かりしかないような暗闇の中で、部員達が使うタオルやマットを黙々と干している。
その足元には銀色のバケツと洗剤が置かれていた。



「おい」
「ギャッ!び、ビックリした!どうしてそう、いつもいつも突然に現れるの?嫌がらせ?」


「俺が、んなセコイ嫌がらせをするか。お前、まだ帰ってなかったのか?」
「残業よ。残業。」


「洗濯なんざ、洗濯機があるだろう?」
「もちろん使ってるわよ。でも1年生とか基礎組は土が付くからね。
 土は手で洗って落とさないと綺麗にならないのよ。」



言いながらも残りの洗濯物を干すの指先は巻かれた絆創膏で白く浮かび上がっていた。



『ウチのマネージャーはホンマ働きもんやで。氷帝のお母ちゃんや。』



忍足が俺に言ったのを思い出す。



、備品にハンドクリームと絆創膏を付け足しとけ。」
「へ?」


「お前の指にいるんじゃねぇの?」



振り返ったの指に視線をやれば、ハッとしたが慌てたように指先を背中に隠した。



「なんだ?」
「これは別に。その・・いつものことなの。たいしたことないし。」


「にしちゃあ、絆創膏だらけだぜ?」



思い出した。去年の冬も絆創膏が何枚も指に巻かれていた。
あの時は気にも留めていなかったが、冷たい水に傷ついていたんだろう。



「お前も頑張ってんだな。」



そう言ってやった時のの顔。
今、思い出しても胸が騒ぐ。


目をまん丸にしたと思ったら、次の瞬間には思いっきり困った顔をした。
頬を傷ついた指で押さえたと思ったら、また慌てて隠すように指を背に回す。



「へ、変なこと言わないでよ!ビックリして、なんか、もうっ!
 か、帰って!今夜は雨が降るから、早く帰りなさいよ!」


「雨?月が出てるぜ?」
「跡部が変なこと言うから雨が降るのよ!帰りなさいって!」



言うなり俺のシャツを無理矢理に引っ張って回れ右をさせると、背中を強引に押しだす。
顔を上げないで話す仕草に、が照れているんじゃないかと気がついた。



「お前、照れてるのか?」



もう少し明かりのあるところで首を捻って見れば、明らかにが赤面していた。
俺と目が合うと泣きそうな程に情けない顔をして「うるさい!」と怒鳴る。



なんか笑えて、なんでか可愛らしかった。



「送ってやるから着替えて来いよ。」
「い、いいよ。」


「悠美に付き合って遅くなったんだろ?俺にも・・・責任がある。いいから送らせろ。」



躊躇うに『部長命令だ』と言えば、渋々とバケツを片付けてからカバンを手に俺の前に立った。



「お前、着替えは?」
「しない。このままジャージで帰るから。」


「はぁ?俺にジャージ姿のバカでかいカバンを斜めがけにした女と一緒に帰れというのか?」
「だって帰るだけだもん。着替えるの面倒だし、いいよ。」


「とことん色気のない女だな。」
「ここで色気出しても意味ないし、勿体無い。」


「そうかよ。行くぞ。」
「ハイハイ。」



車のシートが深すぎるとヒックリ返りそうになるに呆れつつ隣に座らせた。
外車に乗るのは生まれて初めてだと、窓を開けてみたり、周りのボックスを開けてみたりと落ち着かない
勝手にアチコチ触るなと怒りながらの車中。


流れる景色にはしゃいでいたが不意に訊いてきた。



「山辺さんと話したのね。」
「ああ。」


「よかった。」
「いいのか、悪いのか。あっちはスッキリしたみたいだったが、俺は後味が悪かった。」


「それは・・・そう。後味が悪いのが当然なのよ。
 痛みの大きさは違っても、分かち合うものでしょう?
 付き合うのって良いも悪いも、色々なものを分かち合う。そういうものじゃないの?」


「へぇ、分かったような口をきくもんだな。
 で?そういうお前は分かち合う相手がいるのかよ?」


「・・・前は、ね。」



が遠くを見ながら呟いた。
その瞳は景色を映している様で、そこにはない何かを見つめている。



俺は茶化すことも出来ずにの横顔を見つめていた。
道路沿いに並ぶライトに照らされる顔が俺の知らない女の顔に見えて・・・



言葉が出なかったんだ。




















俺様の恋『不自由のない恋』 

2006.08.27




















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