俺様の恋6 『仕方ねぇ』
「それ、嘘でしょ?」
「ホンマやって。なぁ、岳人?」
「マジ、マジ。目の前でギャグみたいに転んでビックリしたぜ!」
「吉本新喜劇も真っ青の転び方やったよなぁ?」
フェンスの向こうで忍足と向日がを囲んで話している。
既に部活は終了し、俺は居残りの一年生を指導しながらも苛立ちが抑えられないでいた。
「テメェら、うるせぇんだよ!用が済んだのならサッサと帰れっ!」
フォームを直してやっていた一年生の肩がビクついた。
自分が思うより大きな声が出ていたらしいことに舌打ちした。
「おお、怖っ。ボールを当てられんうちに帰ろ。」
俺の怒鳴り声など慣れきっている二人は肩をすくめて背を向ける。
は俺の顔を見ると『ゴメン』と顔の前で手を合わせる仕草をしてみせた。
自分たちのお喋りが練習の邪魔をしてしまったと思っているのだろう、そういう女だ。
俺は直ぐに視線を逸らし、固まっている一年に指導を再開した。
まったく俺らしくねぇ。
何がどうなっちまったのか、自分でも理解に苦しむ。
だが、俺は・・・
「入るよ〜」
ノックと同時にノブが回転するのが目に入る。
相変わらず人の返事も待たずにドアを開ける癖を何とかしろと思いつつも、黙っての顔が覗くのを待っていた。
「跡部、あのね。」
はドアを開けて遠慮もなく一歩を踏み出したかと思えば、俺を見ると一瞬でフリーズした。
次には凄い勢いで回れ右をすると部室から飛び逃げた。
こみあげる笑いを抑えながら袖を通す途中だったシャツを羽織って部室のドアを開ける。
すると胸にファイルを抱えたが真っ赤になって俯いていた。
「だから入る前にはノックしろよって言ってるだろうが。」
「も・・・もう着替え終わってる時間だと思って。」
「なんだ。いつもそんなことまで計算して部室に入ってきてたのか?」
「跡部は見かけによらず几帳面だから、だいたい決まった時間で動くでしょう?だから・・・」
「へぇ。」
部室のドア半分を開き肘で抑えながら、俯くの横顔を観察する。
たかが男の上半身を見たぐらいで視線も合わせられない様子に口元が緩んだ。
「お前、亜久津と付き合ってたとかいう割には初心なんだな。」
「忍足君から聞いた・・・ちょ、ちょっと、なんで前のボタンをしめてないのよ!」
顔を上げたと思ったら、また更に赤くなって抗議をする。
とうとう俺は我慢できなくなって声をたてて笑った。
「男の裸ぐらい見慣れてるだろうに。」
「そ、そんなもの見慣れてるワケないでしょ?うちはお父さん以外全員女ばっかりの家庭なの!
男の裸なんて小学校の水泳の授業ぐらいでしか見てないのよ!とにかく、その腹を仕舞ってちょうだいってば。」
腹だけを出しているわけじゃないんだが・・・と、苦笑しながらシャツのボタンを三つほど留める。
すると直ぐに『全部しめろ』と言われて笑ってしまった。
「亜久津とは、そういう関係じゃなかったってことか。アイツ、見かけに寄らず奥手なんだな。」
「アンタが異常なんでショ!そのうち絶対に痛い目にあうんだから!」
「痛い目ねぇ」
「そ、そうよ。病気になったり、道端で刺されたり、高校生で子持ちになったりするんだから!」
「そりゃ、すげぇな。忍足に忠告しておいてやろう。」
「跡部だって!」
ああ、可笑しい。
俺は笑いが止まらなくて苦労した。
心にわだかまっていた霧が晴れていくような感じで気分が高揚していくのが抑えられない。
この女に触れた男がいた。
そう考えただけで、どうにも我慢できなかった悔しさが消えていく。
笑いやめない俺を無視して、は事務的にファイルの説明を始めた。
怒った顔はしていても、まだ頬は赤いまま。
その横顔を楽しみながら思う。
飛びぬけた美形でもないし、男をそそるスタイルでもない。
ズケズケと意見してくるし、決して俺の言うことを素直に聞くタイプじゃない。
だが・・・惚れちまったものは仕方ねぇ。
「ということで説明は終わり。何か質問は?」
がパタンとファイルを閉じて顔を上げた。
俺たちは暗くなっていく部室の前で向き合っている。
「今、誰か付き合ってる奴はいるのか?」
「はぁ?」
「ま、いても関係ないが。」
「なら聞かないでよ!」
「いるのか?」
「いない・・・けど」
付き合ってる奴がいれば別れさせるまでが面倒だが、いなけりゃ簡単だ。
好きな奴がいるかどうかは知らねぇが、んなものは俺様がどうにでもしてやる。
「なら話は早いな。俺様がお前と付き合ってやるよ。」
「へ?」
薄暗い中でもの瞳がこれ以上ない程に大きく見開かれているのが分かった。
どうも鈍い頭には意味が伝わるのに時間を要するらしい。
体に教えた方が早いか。
そう考えて唖然としているの腕を掴んで引くと、素早く抱きしめた。
ギャッと色気のない声が胸元から聞こえたかと思うと、が猛然と暴れ始める。
「コラ、暴れんなっ!」
「痴漢!変態!大きな声を出すわよ!」
「もう出してるだろうが!」
「イヤッ!離して!」
「おとなしくするまで離さない。黙って俺の言うことを聞け!」
腕の力を強くして言い聞かせる。
華奢な背中は俺の腕が軽々と回ってしまうんだから逃げられるはずもない。
「な、なんでこんな・・・」
「仕方ねぇだろ、こうしたいんだから。」
「離して!私は跡部が遊んでるコたちと違うっ!」
「分かってる」
「分かってない!」
「分かってないのはお前だ!好きになっちまったもんは仕方ねぇだろ!」
腕の中の体がビクッと跳ねた。
自分でも格好悪い告白に舌打ちしたくなってくる。
おとなしくしてりゃあ、甘い囁きの一つぐらいはやれたものを。
「よく聞け。なにがどうしたのか知らねぇが、俺様はお前が好きなんだよ。
とにかく今からお前は俺のものだ。分かったな?」
柔らかな髪の感触を頬に感じながら小さな耳元に言葉を吹き込む。
震えるの体から反抗する力が抜けていった。
俺は唇に笑みを浮かべて拘束する力を緩める。
これで通じた・・・と安堵した瞬間だ。
思いがけなく強い力で胸を押され後ろに一歩下がった。
同時に耳元でパンッと音がして頬が急に熱くなる。
瞬きも忘れて目の前に立つ惚れた女を見つめれば、は俺の頬を叩いた手を握りしめて震えていた。
「テメェ、」
「跡部の馬鹿!人には・・やって良い事と悪い事があるのよ?こんな冗談・・・最悪だよ!」
「冗談じゃねぇ」
「じゃあ、誰かと賭けでもした?こんなのありえないよ!」
「んなことするか、馬鹿!」
「馬鹿はどっちよ!」
「俺は」
「なぁ、何の喧嘩してるん?」
間延びした関西弁に振り向けば、忍足が帰ったままの姿で立っていた。
薄暗い外灯の下に立つ忍足が薄っすら笑顔を浮かべているのに気づいて舌打ちする。
「と、とにかく報告したから。じゃあ、」
は抱き寄せた時に落としてしまったファイルを慌てて拾うと、俺たちの顔も見ずに走り出した。
追いかけたい衝動に駆られたが、忍足の前でみっともないところは見せられない。
「あらら、逃げられてしもうたなぁ。」
遠ざかる背中を見送りながら嫌な野郎が呟く。
忍足を無視して部室に入れば、当然のように奴も部室に入ってきた。
「何で戻ってきた?」
「忘れ物。えっと・・ああ、あった!このノート、人に借りたもんやのに忘れてしもうて。」
忍足は自分のロッカーをあさるとノートを取り出し俺に振って見せる。
「どこから盗み聞きしてやがった?」
「盗み聞きやなんて、人聞きの悪い。」
「忍足!」
「馬鹿の応酬あたりから・・・かな?」
クソ。何が・・・かな?だ。
絶対に俺がに『好き』だと告げたところも聞いてただろう?
苛立ち紛れにロッカーを荒々しく開けて帰り支度を始める。
忍足はパラパラとめくるノートに視線を落としながら独り言のように呟いた。
「ホンマ・・・俺様の恋は厄介やなぁ。」
ウルサイ、と。
俺は近くにあったジローの昼寝用クッションを忍足に投げつけた。
俺様の恋『仕方ねぇ』
2007.02.22
戻る テニプリ連載TOPへ 次へ