『お慕いしております 〜不二周助編〜』 伍











なりふり構わぬ告白。
女から殿方に『妻にしてくれ』と懇願してしまった。



一日を思い出しながら床についたは、後になればなるほど恥ずかしくて眠れなかった。


けれど不二は穏やかな表情のまま、米粒一つ残さずにの手料理を食べてくれた。
いきなり押しかけ、頼まれもしないのに努力の成果を見せようとしたのはあまりに図々しくなかったか。


もう一つ恥ずかしかったこと。
不二には妾はおろか、正室も子もいなかったことだ。


正室に挨拶とは何のことでしょうと問われ、父に聞かされたことをそのまま伝えると不二は声をあげて笑った。


嘘を吐いた父に対する怒りと、疑うことなく信じてしまった単純な自分が恥ずかしくて頬が熱くなる。



『正室に妾に、子が十人とは。そんな男のところに嫁ごうと思って下さったのですか』



笑いすぎたせいか目元に滲んだものを拭うようにして不二は訊ねてきた。


本当は嫉妬した。悔しかった。
ちょっと・・いや、かなり悲しかった。


『それでも・・好きなのですもの』



子どものような告白になってしまったが、にとっては真実だ。
不二は少しだけ困ったように微笑んで『もったいないことです』と答えた。



諾とは言ってもらえなかった。
結局、私は不二家に迎えてもらえるのだろうか。



はっきりとした答えが直ぐに欲しいと思うし、やはり断られるのは怖いし聞きたくないと思う。
周助様は迷っておられるのだろうか、だったら後は何をすれば娶って下さるのだろう。


何度も寝返りを打ちながら考えているうちに、緩やかな眠気がやってくる。



「明日、また頑張ろう」



は自分に言い聞かせ、その瞼をゆっくりと落とした。





不二はというと、彼もまた考えていた。
遅くに姫を城に送り、その帰り道から考え込んでいる。


手塚家の家臣である身分で姫を娶るとなれば多少なりとも覚悟はいる。
両親は『お前の望むようにすればいい』とは言ったが、身分の高い姫に戸惑いはあるだろう。


さして出世に興味のある己ではないが、一国の姫を妻にしたならば多少は役も必要となるかもしれない。
他国に行ってしまった弟のことも気にかかる。


客を迎えるために遅くまで城内に残っていた大石は、姫に振りまわされる不二を気の毒がった。


面倒だ・・と思っただろう、自分も。
ただし、以前の自分であったなら。


再会した姫の真っ直ぐな瞳。
大きな瞳を輝かせ、好意を隠しもせず見つめてきた。
幼い娘の心をそのままに育った姫は、眩しいほどに直向きだ。


面倒には違いないのだが、嬉しくもある。
その素直さに心が動いたのも確かだ。
なにより己の願いを貫こうとする心の強さと行動力は、不二が持っていないもの。


あの姫には今までの自分が変えられてしまうような、そんな予感がする。



「まいったな。だが、姫様だし・・どうしようか」



不二の呟きは、誰にも聞かれることはなく消えていった。









親鳥を追う、雛。


不二の後ろをついてまわる姫を見て、菊丸が名づけた。


限られた日数しかいられない青学だ。
この機会を逃さないため・・・というより、ただただ好きな人の傍にいたくてはつきまとっていた。
他国からの客だ。ここでは姫という特別待遇をありがたく利用させてもらう。


城主の手塚に許可を得て、護衛兼案内役として不二を独り占めすることに成功した。


城内はもちろんのこと、不二の働く場や鍛錬所まで、どこにでもついて行った。
好きな人が普段過ごしている場所を自分の目で見たかったのだ。


どこにいっても笑顔を絶やさない不二は、多くの人に慕われているようだった。
誰もが不二を見かけると自然な笑みを浮かべて挨拶をしてくる。
城勤めの者から、田畑を耕す老人にまで親しく声をかけられ、
穏やかに対応している不二を見ていると己の見る目は間違いでなかったと誇らしいだ。



だから、浮かれすぎていたのかもしれない。










「まあ、素敵」
「青学の城下が良く見えるでしょう」



丘の上に不二と並んだは、爽やかな風を感じながら目を細める。
眼下には緑にあふれた青学の平野が広がっていた。


ひらりと栗毛の愛馬から降りた不二にならい、も馬の背から降りようとする。
その前に差し出された手は不二のもので、その長く美しい指に見惚れつつ手を重ねた。


ふわっと体が浮き、不二の支えで馬を下りる。



「あ・・ありがとうございます」



温かな手。
殿方としては大きくない手かもしれないが、の小さな手など簡単に包めてしまうだろう。
不二の指は綺麗ではあるけれど掌は硬く、日々剣の鍛錬を続けている手なのだと分かった。


慕う不二の手に触れることができて、の胸はきゅんとする。
勝手に赤くなる頬をうつむいて誤魔化すが、きっと不二には丸わかりだろう。
それも恥ずかしくて、更に頬が熱くなる。



「姫、こちらに」



不二は微笑み、馬の手綱を握って引く。
そして、片方の手はを離さないままで、見晴らしの良い方へと案内してくれた。
は雲の上でも歩いているような心地でついていく。



見下ろした城下は小ぢんまりとしているが整っており美しい。
行き交う荷車なども小さく見えて、城下に活気があるのが見て分かる。
ここに来るまでに見た町の者たちも朗らかで、ここが住みやすい国であることを表していた。


まだ若いが、青学の手塚は良い城主なのだろう。



「姫の国に比べると見劣りするかもしれませんね」
「いいえ。民が明るく活気のある美しい国です、本当に」


「そう言っていただけると嬉しいです」



世辞ではなく真実そう思ったのだと力強く言えば、不二も心から嬉しそうに笑ってくれた。
だから、また言ってしまうのだ。



「わたくしも青学で暮らしたいです」



無理強いしてはいけないと分かってはいるが、本音はポロポロと零れてしまう。
それに苦笑を浮かべた不二は、少しの間をおいて口を開いた。



「わたしたちは民に生かされていると思いませんか」
「民に・・ですか?」


「食べるもの、着るもの・・この腰の刀も、すべてが此処で暮らす民の手によってできています
 米を作る農民がいて、色々なものを売る商人がいて、税を納めてくれるのも民です
 民がいなければ、立派な城に主がいたとて国は成り立たない」



それはそうだ。も戸惑いながら頷いた。



「城にいる僕たちの役目は、大事な民を守り、民が暮しやすい国を作り、発展させていくこと」
「はい」


「では、姫は?これまで姫が不自由なく暮らしてきたのは、家の姫であったからです」



繋がれたままの手は温かい。
けれど胸の奥に氷が滑り落ちてきたような感覚をは感じた。


城下を見下ろしていた不二の視線がに向く。
それが恐ろしいのに視線が反らせなくて、顔が強張った。





家に生まれ、姫として存在している意味。





思いもしなかった問いかけに、は言葉をなくしたのだった。











お慕いしております〜不二周助編〜 伍 

2014.10.12




















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