『お慕いしております 〜乾貞治編〜』 幕間










「さすが乾だ。なかなか尻尾の掴めない男だったからな」
「褒め言葉はいらないから、ちょっと頼まれてくれないか」


「うん?」



青学きっての苦労人であり城主である手塚の右腕・・大石は、かねてからの懸案が片付いて機嫌が良かった。
だから気軽に返答してしまったのだが、後で頭を抱えることになる。



「待て。待て、待て、待て。なんだって、そんなに金がかかるんだ」
「大石は知らないだろうけど廓というのは大金がかかるのさ」


「大金にも程があるだろ」
「仕方ない。塩の相場でも操って金儲けを」


「乾!!」



策士の乾なら、やりかねない。
口元を引きつらせた大石を横目に不二が人好きする微笑みを浮かべた。



「そんなに気にいったんだ」
「まぁ・・ほどほどに」


「ほどほどね。ほどほど」



意味ありげに繰り返す不二は頭の回転が速いだけあって何か察したようだ。
立っている者は親でも使えというから、この際は不二も使おうと思う。



「不二には別に頼みたいことがある」
「いいよ。楽しい事なら嬉しいな」


「うん。きっと不二は楽しんでやるだろう」



乾の頼みを聞いた不二は、大石が驚くほど簡単に了承してしまった。
金の工面が問題だったのだが、そこは乾だ。


以前から遊び感覚で相場や個人貿易で人知れず金を貯めていた。
加えて金庫番の大石を陥落させ、ついでに名家である海堂にも少し融通してもらった。
海堂には売るほど恩を与えておいたので、これは回収だと悪びれない乾だ。


そして、もうひとり。を売ったという兄を探し出した。
どうしようもない奴なら異国に向かう船にでも売り飛ばしてやろうかと思っていた乾だったが、
兄は真面目に働いて妹を身受けするための金を僅かながらも貯めていた。もちろん、その金も乾が預かった。


金の工面に目途がついたら、その先だ。
乾は立海にいる幼馴染の柳に話を通し、着々と物事を進めていった。


そこで初めて、乾は城主である手塚に話をした。



「妻を娶りたいと思っておりますが、お許しいただけるでしょうか」



畏まって許しを請う乾に手塚は小さく溜息をつく。



「今は二人だけだ」



手塚に言われ、乾は肩の力を抜くと「では遠慮なく」と答える。
大石や不二と同様、幼い時から共にある乾も普段は友と同じように語らうのが青学だ。



「俺は不二から伝え聞いただけで、詳しく訊いてないぞ」
「だから今から言うんだ」


「乾・・・」



いつもの物言いに呆れた声を出した手塚に対し、
乾は淡々と起こった出来事と自分のした事を時系列で説明した。
分かりやすく簡潔にまとめられていたが、そこに乾の感情が入っていない。
手塚は表情を変えずに思ったままを問うてみた。



「それでいいのか?しなくてもよい苦労をすることになる」



縁談など、その気になれば幾らでも良い話があるだろう乾だ。
見上げるほどの長身と少々癖のある性格をしているから始めは付き合いづらいかもしれないが、
理知的で他の者のためにも汗を流せる好い男だ。
遊女を蔑むわけではないが、口さがない者たちは何を言うか分からない。
この友が軽蔑されたり中傷されたりするのは、手塚だけでなく周囲の者も心を痛めるであろう。



「苦労は買ってでもしろっていうのが、乾家の家訓でね」
「冗談ではないぞ」


「苦労を買ってでも欲しい人を見つけたんだよ、手塚」



乾が思い出したように笑う。



「可愛らしくてね。俺を疑いもなく信じて、俺のために一生懸命なにかしようとするんだ
 媚びるなんてことも知らなくてね。なんだか俺の方が悪い人になったような気にさせる子さ
 実は遊女の手練手管に引っ掛かっただけなのかもしれないけれど、それもまた面白いじゃないか」


「面白くはない」



真面目に答える手塚に、乾も真顔になる。
だが切れ長の目は柔らかい。



「俺は直感を信じる人間でね。今までも、それで間違ったことはなかった
 あの子を見た時に直感が働いたんだ。俺はこの女を好いてしまうんだろうってね」


「惚気か?」



手塚の呟きに乾が破願した。
その顔を見た手塚も結んだ口を緩める。



城主の許しは得たも同然だった。




















お慕いしております 〜乾編〜 幕間 

2011/05/24




















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