『お慕いしております 〜乾貞治編〜』 祝言後(前編)
「様、なにを」
あわてた声に振り返ったは、きょとんとして膝の土を払う。
手にした桶を抱えた乾家の下男は顔色を変えてに走り寄ってきた。
立ち上がったの足元には抜いた雑草が小山となっている。
塀の脇には竹ぼうきが立てかけてあり、その横には枯葉が集められていた。
「まぁ、立派なお芋」
桶から覗く土付きの芋にが目を細める。
下男は困り顔で頭をかき、ひとつ溜息をついた。
「またこんなことをなさって、叱られても知りませんよ?」
「え・・叱られますか?」
「そりゃ、叱られるでしょう」
「どうしよう・・・」
きっぱりと言い切った下男には困惑した表情で首を傾ける。
その幼女のような仕草を見て、つい瞳を和らげてしまった下男は優しく付け足した。
「他の者には黙っておきますから、早く御手を洗って」
その言葉をさえぎって、女の甲高い声が裏庭に響き渡った。
「様、またそんなことをして!!」
びくっと肩を震わせたが首を回すと、そこには鬼のように目を吊り上げた付きの女中の姿があった。
「ご、ごめんなさい」
「何度言ったら分かるんです?そういう下働きの者がするようなことはしなくて良いのです」
「でも、皆さんお忙しそうだし」
「誰が忙しかろうと様のお仕事ではございません。だいたいですね、様は」
長い説教が始まりそうな予感には身を小さくしている。
その姿も愛らしく、女中の声も段々と柔らかく笑いを帯びてきた。
「仕方ありませんね。そんなに暇がお辛いのなら、一緒に夕餉の準備をなさいますか?」
「します!!」
うなだれて萎れていた花が瞬時に咲いたようなの笑み。
ふたりの家人は『やれやれ』と視線を合わせて苦笑した。
なかなか子宝に恵まれなかった乾家に生まれた嫡男、貞治。
両親はもとより家人たちも唯一の跡取り息子を大事に大事に育ててきた・・・はずだった。
それなのに、何故か貞治は少々変わった思考の持ち主に成長していった。
見上げるほどの身の丈と整った顔、頭の回転もよく仕事ができる。
文句なしの好い男なのだが、貞治を知る者は口をそろえて言うのだ。
『少々変わっている』
家人たちは心で思っていても見て見ぬふりをしてきたが、世間は厳しかった。
妙な薬草や虫を日干しにして滋養強壮の薬を考案してみたり、
興味のあることを知るためには他人の迷惑など顧みず行動する。
国内だけでなく、他国にまで気軽に行ってしまう貞治の行動力と見聞の広さがなかったら、ただの変わり者であった。
さっさと良家の娘を娶らせ貞治を落ち着かせたいと親は願ったのだが、これもまた旨くは進まない。
貞治に妻を娶る気が全くなく、見合いを仕立てても変人ぶりをぞんぶんに発揮して壊してしまう。
そんなこんなで家人たちが乾家の行く末を本気で案じはじめた頃、突然に貞治が妻を迎えると言い出した。
皆が手に手を取って喜んだのは一瞬、迎えるのが遊女であると聞かされた者は腰を抜かさんばかりに驚いた。
当然のごとく父は激怒し、母に至っては寝込んでしまった。
親類縁者が交代で説得にあたったりもしたのだが、貞治は頑として譲らない。
「せめて名のある家の妻を迎え、そのうえでどうしてもいうなら妾として囲えばよい」
そこまで譲歩しても貞治は首を縦にはふらなかった。
「妾などにしたら俺が後悔します。許していただけないのなら生涯を独り身で過ごす所存」
「馬鹿を申すな。このうえは勘当するぞ」
「いいですよ、そうしたら自由ですからね。さて、どこへ行こうか」
脅し文句に笑顔で応えられてしまっては、もう打つ手がなかった。
勝手にしろと震える声で吐き捨てた父の心情などお構いなしに、貞治は嬉々として遊女を迎える手はずを整えた。
そうして乾家の家人たちは複雑な思いを飲み込んだまま葬式のような面持ちで婚礼の夜を迎える。
柳家の養女として形だけは整えたものの、受け入れがたい乾家の者たちとは逆に、喜んで迎えた青学の者たち。
遊女というからには妖艶な擦れきった女が現れるかと身構えていた家人たちは、
花婿の腕に抱かれて頬を真っ赤に染めた可愛いらしい花嫁の顔立ちに拍子抜けした。
金屏風の前に座っても感極まってはポロポロと涙をこぼし、その度に貞治が横から覗きこんで涙を拭ってやっている。
それを恥ずかしがって、また頬を染めて俯く姿が初々しい。
城から祝いに駆けつけた友は安堵と共に心から喜び、
乾家の者たちは初めて見る貞治の甲斐甲斐しい姿に唖然としながら祝言を終えたのだった。
お慕いしております 乾編 祝言後(前編)
2011.10.24
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