『お慕いしております 〜柳蓮二編〜』 弐
友の許嫁を見たのは二年前の紅葉が美しい秋だった。
真田に縁のある茶会に呼ばれ、顔繋ぎになるなら損はないと付き合った場だ。
「おお、これは弦一郎殿。柳殿も」
「本日はお招きいただき、ありがとうございました」
笑顔で近付いてきた茶会の主催者に、真田は深々と頭を垂れた。
生真面目に挨拶をする真田に対し、許嫁の父でもあるは「他人行儀な挨拶は無用だ」と微笑む。
将来有望な婿に目をかけ可愛がっているのが、傍からも見ても分かるというものだ。
真田にとって恵まれた縁談であることは疑いようもないが、
秘かに殿の妹君を慕っているのを知っている柳は複雑な心境だった。
常識的に考えると叶うはずもない恋。
しかし、姫も真田を憎からず想っているのだ。
堅物で不器用な友の恋ならば叶えてやりたいと思う柳だが、身分違いの相手。
当主である精市を動かさなくては叶う話ではないと柳は思う。
「柳殿、弦一郎殿を借りてもよろしいか?親戚筋に挨拶させたいと思ってな」
「私のことはお気遣いなく。美しい庭を散策させていただきます」
人の話を聞いているふうで別ごとを考えていた柳だったが、覚らせない笑みを浮かべて頷いた。
無表情なように見えて内心で溜息をついているだろう真田を見遣り『後で助けてやるよ』と目配せしてやれば
柳の意思が伝わったらしい真田は『宜しく頼む』と視線で応える。
その時、柳は友の側に立った思考しか持っていなかった。
風流な家主の趣味だったろう。
庭は華美ではないものの趣深く整えられ、盛りの紅葉が鮮やかだった。
のんびりするのも良いだろうと歩きだした柳だが、行く先々で誰彼となく声をかけられて挨拶に忙しい。
柳も真田も若くはあったが、殿の覚えもめでたい二人であれば出世は間違いないと思われている。
実際に内々ではあったが当主である精市から家老職に加わるよう告げられていた。
そうとなれば周囲の者が放っておくわけもなく、擦り寄ってくる者、妬む者、探りを入れてくる者
色々な者たちが仮面のような笑顔を貼りつけて近付いてきた。
真面目いっぽうの真田と違い、処世術に長けている柳は人々を巧くかわす。
反対に相手からは情報、はては他人の弱みまでも搾り取って頭の中に入れてしまう策士だった。
一通りの挨拶をすませ、そう得られる事柄もなくなれば用もない。
うまく理由をつけて真田を連れ帰ればお終いだと思った。
礼には美味い酒でも強請ろうかと考えつつ、柳は真田の姿を探した。
そこで運命の出会いをする。
まさか・・こんな場で心惹かれる人に出会うとは、柳にも予想できないことだった。
朱と黄色に彩られた着物に身を包んだ人は、はらはらと紅葉が舞う中で琴を弾いていた。
黒髪が赤に映え、その白く透き通った横顔が際立つほどに美しい。
折れそうに細い指が弦を弾き、繊細な音色を奏でる姿は保護欲をかきたてられるといってもよかった。
「素晴らしい、さすが殿ですな」
称賛する声に気を引き戻された柳は、らしくもなく見入っていた自分に気づいた。
教養もあり出来た息女だとは聞いていたが、それに加えて清楚な美しさを持った人だという事に柳は驚かされた。
真田が許嫁について多くを語らないものだから、男が心惹かれるような女性ではないのだと勝手に思い込んでいたのだ。
確かに幸村家の活発な姫と比べると、性格、容姿共に随分と違っているようだから致し方ないのかもしれない。
は美しい所作で琴の前から下がると、その視線を真田に向けた。
それは遠慮がちであったが、許嫁である真田の言葉を求めていた。
しかし真田は緊張した面持ちで前ばかりを見ていて、ふたりの視線が交わることはない。
寂しげに瞼を伏せ、ふと目前に舞ってきた紅葉を追う佳人の横顔は儚い。
柳は何とも言えぬ思いで、友とその許嫁の姿を見つめるしかなかった。
茶会からの帰り道。
「何かあったか」
「うん?」
場から助け出してはくれたものの口数の少ない柳を真田は訝しがった。
川沿いに歩を進めつつ、柳は何か考えている様子だ。
「いや・・婚儀を急かされなかったか?」
「うむ。まあ、な」
思考の淵から戻ってきた柳に問われ、真田は曖昧に頷いた。
先延ばしにして何があるわけではない。それでも頷けない理由が真田にはあった。
せめて姫の幸せを見届けて、か。
真田に問いかけるでなく柳は考えて、納得した。
それから暫く柳は考えこんでいた。
はなから身分違いの姫と添うことなど考えていない真田は、決められた道を違えることはないと思われた。
誰も幸せにならないことが分かりきっていて、何故に誰もやめようとはしないのか。
家や身分に縛られ、逃れられぬ運命だと諦めて生涯を過ごすのが正しい道なのか。
胸に住まわせてしまった友の許嫁の横顔。
消せはしなくても見ないふりはできる。
己が何も語らず、行動も起こさなければ、物事はあるべきところに納まるはずだ。
だが・・・それで本当にいいのか?
葛藤する柳の腹が決まったのは、真田の一言だった。
「殿に何か贈り物をするように母から言われたのだが、何も浮かばん」
弱りきった表情で呟く真田の隣で、小雪が舞うのを眺めていた柳は白い息を吐いた。
先日のこと、真田のもとには丁寧に仕立てられた冬用の着物が許嫁から贈られてきた。
気が利くことだと母親は感心し、何かせねばと息子をせっついたらしい。
「蓮二、何か思いつかないか?」
他者の感情に疎い真田ではしかたがないと理解していても、柳は複雑な思いで口を開く。
「お前が自ら選ぶということに意味があるのではないか?」
「そうなのだろうが、どう考えても分からん」
本当に思いつかず困っているのだろう。
真田は許嫁に気持ちが向いていない。
相手を知ろうとしなければ、好みなど分かるはずもないのだ。
美しくも寂しげな佇まいを思い出す。
真田を想いながら衣を仕立てた人が、今は何を考えながら舞う雪を見ているのか。
「匂い袋」
「ん?」
一言を聞き逃さなかった真田に、柳は苦笑を浮かべて自らの懐に手を入れた。
出してきたのは綺麗な織で作られた匂い袋。
香の好きな柳が自分で調合して忍ばせているものだ。
「香りを好む女子は多い。良い店を知っているから連れていってやろう」
「そうか、助かる」
破顔する真田に、柳も微笑み返した。
色とりどりの小袋を前に眉間の皺を深くする真田を横目に溜息をつく。
この際はと店主に選んで欲しそうな真田の様子に、とうとう柳は目についた袋を指差した。
「これなど良いのではないか?」
「紅葉か。綺麗な色だ」
「季節は遅れてしまうが、これと同じ色めの衣を茶会の時に着ていたから好みかもしれん」
「そうだったか?」
許嫁の衣でさえ思い出せない真田の姿に、柳は決めかねていた心が定まるのを感じた。
真田は自らの背を預けられる男であることは間違いない。
だが実直であるがゆえに器用ではなく、心を二つに分けることなどできはしないのだ。
ないがしろにされなかったとしても、愛されない妻が幸せであるはずがない。
ならば自分が愛してやればよいこと。
そう思ったのだ。
お慕いしております 柳編 弐
2011/06/05
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