お慕いしております 〜柳編〜 肆










秋の長雨で肌寒い日が続く。
色付く紅葉も雨に濡れて、けむる景色の中に鮮やかな赤を見せていた。


ここ最近の寒暖の差がいけなかったのか、城主の体調が優れないと聞く。
ゆえに幸村の側近である柳は更に仕事を抱えることになり、同じ家に住みながら顔を合わさない日も多くなってきた。


はじめは多忙を極める柳の身を案じていた。
だが段々と不安になってくる。


本当は妻が疎ましくて避けているのでは・・・と。



「奥方様、文がきております」



機嫌良く妙が差し出してきた文には小ぶりの菊が添えてある。
菊が好きだと言ったのを覚えていてくれたのか、手にとって裏返してみると夫の名が記してあった。



「寒菊でございますね。城に咲いているものでしょうか」



傍から見れば、新妻を大事にする主が微笑ましいのかもしれない。
が文を開こうとすると妙は遠慮して室を出ていった。


複雑な想いを抱えたまま、視線を文に戻して中を開く。


柳の文字は男にしては柔らかく、美しい文字だ。
の体調を気遣う言葉に続いて、事情により屋敷に戻るのが難しいこと。
また戻れても深夜になるだろうから待たずに休むよう書いてある。


床は共にしなくても、妻として夫の帰りを待っていただ。
武家に嫁ぐ娘として厳しく母から躾けられたは、どんなに遅くても待つのが当然だと思っていた。
そんなことも許されないとしたら、が妻として夫にできることなど僅かもない。


もの悲しい想いのままに文を読み進め、は更なる衝撃を受ける。



『この度、養女を迎えることになった
 急ぐことなので事情は後で詳しく話すが、名だけの事なので心配しないように』



養女という文字に、後のことは頭に入らなかった。
との間に子はできない、いらないという意味なのか。
今になって婚儀の夜に夫婦の契りを交わさなかった事の重大さを知る。


いや、名だけの事とあった。心配しないようにとも。
事情があるのだと不安を押し殺して自らに言い聞かせる。



その夜、は床も敷かずに屋根をうつ冷たい雨の音を聞いていた。
帰ってこないと知りながら、もしかしたらと思うのだ。


独りの夜は悪いことばかりを考えてしまう。
奥方様と呼ばれるのが心苦しいほど、は何もできていない。
共に暮らせば情も湧く・・・と母が言ってくれたが、共に暮らしていて会えない時はどうすればよいのか。


は胸に忍ばせてあった匂い袋に手をあてた。
薄くはなったものの、まだ優しい香りが残っている。
捨てなくてはと思いながら、未練がましく身につけている自分が浅ましい。
こんなことだから疎まれてしまったのか。


床の間には柳が文に添えてくれた寒菊が咲いている。
この菊を手折る時、夫と呼べる人は何を想っていただろうか。


人を信じることが怖い。
想いをよせて、またお前など要らぬと言われてしまったら。
怖くて、哀しくて、こんな我が身を娶ってくれた夫でさえも信じられないのだ。


闇が永遠に続くような気がして、は少しだけ戸を開けた。
雨は小降りになり、藍色の空にぼんやりと月色が混じて明るくなっていた。


は遣る瀬無い想いを抱えたまま、僅かな月光りに照らされた紅葉を眺めて夜明けを待った。





次から次へと厄介な物事が重なるものだ。


外が明るくなる頃、柳は溜息と共に筆を置いた。
文には珍しく頼みごとをしてきた友の名がある。
遠方に暮らす友ではあるが、周囲の者の心労を想うと気の毒になるような無茶をしていた。
だが、その無茶な頼みごとを断る気はない。



「遊女を養女にするとは夢にも思わなかったな」



つぶやいて小さく笑う。


明け方の城内は静かで、屋根をうつ雨の音が僅かにする。
湿気を帯びる冷えた空気に体調を崩した幸村の容態を案じた。
たまる執務も問題なのだが、体が丈夫ではない主が寝つけば城内も落ち着かず不安定になる。



早々に御方様には戻って貰わねば。



秋の収穫をまとめなくてはならない大仕事に加えて、城の冬支度もある。
親友の頼み事とはいえ、遊女に柳の名を与えるには慎重な準備が必要だ。
なにもかもが同時に自らの肩にのしかかってきた気さえする。


同じ家に住んでいて妻の顔も見られない日々。
縮めたい距離が雑事に追われて縮まらない。


思い通りにはならないものだなと、また柳は溜息を落とす。


このまま愚図愚図として、時を無駄にするのも馬鹿馬鹿しい。
目の前にある問題を一つずつ片付けていくのが大切だ。


まずは主である幸村の恋を叶えるべく思考をめぐらす柳だった。




















お慕いしております〜柳編〜 肆 

2011/06/25




















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