real 6
「ある意味、跡部は天才やって思う。
俺なんかが呼ばれてる天才とは意味の違う天才や。
いつも人の上に立って、いつも誰かの努力を簡単に越えてしまう。
それは憎らしいほど恵まれてることやと思うてたけど・・・違うんやな。
人より優れた才能を持つということは、人より多くの苦しみも背負う。
その苦しみに負けず立ち続けるには、凡人以上の努力と精神力がいる。
お前がどうしてそんなに強くあり続けようとするのか分からんかった。
傍から見てて気の毒になるぐらい完璧な『跡部』であろうとするのが痛々しくてな。
でも・・・それがお前の本当の強さなんやと知った。」
「褒めても何も出ないぜ?」
「はは、さよか。そりゃザンネン。
とにかく・・ありがとうな、跡部。」
「なんだ、突然?」
「や。なんやアイツ、スッキリしてたわ。
初めて会う女の子みたいな顔しててビックリした。」
「そうか。」
「そーや。あれが・・・本当のなんやろ。」
忍足は笑って空に向かい背伸びした。
その前日、俺は篠崎先生からが戻ってきたと連絡を受けていた。
マズイと思った時には遅い。
俺は窓際の席からグラウンドを見つめた。
見たままに運動神経はなさそうだなと苦笑して、陽に透けそうな白い肌に瞳を細める。
は女友達と楽しそうに笑っていた。
あれは忍足の女。
そう自分に言ってみたところで、胸は痛んだとしても答えは一つの俺だ。
もうとっくの昔に捕らえられていたんだろう、あの音に。
あの音を奏でる、あの女に。
同じ体操服を着た女達が集まっている中で、直ぐにを見つけてしまう自分。
よりによって忍足のとは、・・・最悪だ。
階段の踊り場に来ると、つい耳をすませる癖がついてしまっていた。
の音を探している自分に舌打ちして、振り切るように階段を降りる。
そんな日々が続いた。
「失礼します。」
放課後の職員室に用があった俺の目に、日誌を持って入ってきたが映った。
の方も俺の顔を見て「あ・・」と何か言いたげに口を動かしたが、俺は直ぐに目の前の教務主任に視線を戻した。
「先生、日誌と集めたノートです。」
「ああ・・か。そこに置いておいてくれ。教室には誰か残っているか?」
「いいえ。鍵は締めてきました。」
「そうか、ありがとう。もう帰っていいぞ。」
「はい。失礼します。」
斜め後ろの会話を聞きながらも俺は振り向かない。
もう近づかない方がいいと自分にブレーキをかけていた。
の遠ざかる気配と、職員室のドアが開き閉まる音。
知らぬうちに背中が緊張していた自分に気づき溜息が出た。
「よし。これは受け取っておく。跡部、いつもご苦労だな。」
「いいえ。」
俺も頭を軽く下げ踵を返した。
後は生徒会室の鍵を締めれば終わりだ。
部活は既に始まって、宍戸たちが進めてくれていることだろう。
とにかく今はテニスだ。
こんなことで忍足との関係を壊したくはないし、部内に揉め事は起こしたくない。
芽生えた感情など、俺が捨ててしまえば簡単に済む話だ。
そう言い聞かせて職員室を出た。
「跡部君。あの・・・話を、」
驚いた。
まさかが廊下で待っているとは思いもしていなかった俺は、らしくなく慌てた。
咄嗟に周囲を見渡し、遠くで喋っている生徒の姿を認めるとの腕を掴んだ。
「来い!」
「え・・あの、跡部君!?」
「ここじゃマズイ、生徒会室だ。」
職員室に近い生徒会室に最後まで残っていたのは自分だ。
部屋には誰もいないし、今の時間に生徒会室へ用事があるヤツもいないだろう。
俺は引きずるようにしてを生徒会室の中へと放り込み、直ぐに中から鍵を締めた。
理由も分からず生徒会室に連れ込まれたは頬を上気させて不安げに俺を見ている。
「悪かったな。大丈夫か?」
「あ、あの・・私こそ、すみません。突然に話しかけてしまって。」
「俺と二人で話しているところを誰かに見られたら、後でお前が何を言われるか分からないからな。
さすがに校内全てに目を光らせてお前を守ってやることは出来ない。」
俺の言葉に瞳を大きくしただったが、直ぐに意味が理解できたらしくコクンと頷いた。
に背を向けて俺は窓辺に立つ。
あまり近くでを見るのが気詰まりだからだ。
二階にある生徒会室の窓からは、バスケット部の連中が渡り廊下で柔軟をしながら騒いでいるのが見えた。
「篠崎先生の所に戻ったんだってな。」
「そのことを跡部君に直接伝えたかったんですけどチャンスがなくて。
忍足君に伝言を頼むのも違う気がして・・・待っていたんです。」
「家の方は?」
「兄にも両親にも話しました。もう一度、ピアノをやらせてくださいって。
みんな喜んでくれて、特に母は・・・兄の病気の原因が私みたいなことを言ってしまった事を後悔してたって」
の言葉が詰まる。
その時の様子を思い出したのだろう、振り向けば口元を押さえて俯くがいた。
「なら何の問題もないんだろう?」
「はい。兄は・・・ジャズの道に進むと話してくれました。まだ親には内緒みたいですけど。」
「同じピアノでも道を変えるというわけか。」
「なんか・・・アメリカに渡ってる間に夢を見つけてたみたいです。」
「良かったじゃねぇか。」
ニコッと瞳に涙を溜めたままが微笑む。
忍足の言ってた意味が分かった。
は自分を縛っていた枷を解き放ち、イキイキとした表情をしていた。
目立たないよう自分を抑えて生きているは存在しなくなっていたんだ。
「私一人が悩んで駄々をこねてたみたいで・・・恥ずかしいです。
ピアノをもう一度って、何度も家族に言われたのに素直に受け取れなくて。
私さえ我慢すれば全てが丸く収まるなんて考えてました。
そんな私を見て苦しんでる人がいるのも知らないで、自分だけが辛いと思ってた。」
「気づいたんだから、いいさ。今からでも遅くない。」
「篠崎先生には、これから死に物狂いでやれって言われました。」
「そりゃ、いい。好きなだけ弾けるってことだろ?」
笑顔を消して、がジッと俺を見る。
俺はその真っ直ぐな視線を逸らすことができず正面から受け止めてしまった。
「ありがとう、跡部君。
あなたがいたからピアノに向き合うことができました。
私・・・もう逃げません。」
の意志を秘めた強い眼差しに俺は息を呑む。
そうだ。
俺は逃げるなんて生き方、嫌いだったんだ。
なら、今の俺はどうなんだ?
忍足を傷つけたくない。信頼する者を失いたくない。
テニス部という大事な場所を壊したくない。
そのために俺は自分の気持ちから逃げようとしていないか?
「、俺にも話がある。」
コイツには何の予感もないのだろう。
信頼した瞳で俺を見つめている。
恋人の友人としての俺を。
「俺はお前が好きだ。」
窓の外では「それって酷くねぇ?」とバスケ部の連中が大笑いする声が響いていた。
『real』6
2007.04.18
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