real 7










は瞬きも忘れたように俺を見ていた。



窓の外から聞こえてくる馬鹿騒ぎが煩わしいといったらない。
だが雑音がなければ耐えられなかったかも知れない沈黙。



「何故こんなにも惹かれるのか、俺にもよく分からない。
 だが、お前の奏でる音に一目惚れした。
 ひょっとしたら篠崎先生の家で出会った時にも一目惚れしていたのかもしれない。

 そして・・・ニ度も俺を惹きつけた音を奏でるお前が好きになった。」





の白い肌が目に見えて赤く染まっていく。
口元を押さえたは後ろによろけてしまいそうなほど頼りなかった。
俺に想いを告げられて、今にも泣きそうな顔で震えている姿が可哀相なほどだ。



「別に俺を好きになってくれとごり押しするつもりはない。
 ただ言っておかないと気分が悪いというか・・・俺の自己満足だ。

 だからは気にしなくていい。
 お前はお前の思うように。
 それで、いい。」





言葉も出ない
しかし、はじめから答えなど期待していない俺だ。


俺が一歩を踏み出せば、ビクッとの肩が跳ねる。
その姿から視線を逸らし、俺はの脇を通り過ぎてドアの鍵を外した。
ドアを開けて廊下を確認するが幸いなことに誰も居なかった。


俺はを振り返り、顎で廊下を指す。



「今なら誰もいないから先に行けよ。俺は少し時間を置いてから出る。」



だがは動こうとしない。
もう一度名前を呼ぼうとして気がついた。


の肩が小刻みに震えている。


思わず手を伸ばしていた。
後ろから華奢な肩を掴み、の体を反転させる。
ふらふらっと俺の方に向いたの顔を見て、自分の表情が険しくなるのが分かった。


は今にも零れ落ちそうな涙を瞳いっぱいに溜めて震えていた。



「お前、」
「私・・・どう・・しよう」



言葉を発すると弾みで白い頬に涙が零れ落ちた。
俺はの肩に手をかけたまま顔を覗き込むようにして彼女の真実を知ろうとする。



どうしよう、とは?
迷いなのか。混乱なのか。それとも、拒否なのか。



「私、どうしたら?」


「それを俺に訊くのか?
 違うだろう?全てはお前が決めることだ。
 心が誰かに動かされることはあっても、一番大事なことは自分で決めるもんだ。
 お前の心はお前のもの。誰かに決めてもらうものじゃない。」


「跡部・・君、」


「ピアノだって確かに出すぎたお節介をしたが、戻ると決めたのはお前自身だ。」



不思議と付き合って欲しいとか、俺を好きになって欲しいとは思わなかった。
力ずくで奪おうと思えば出来るのかもしれない。
だが目の前の女を力でどうこうしようという気持ちにはならない。



大事にしたかった。



「もう泣くな。お前を苦しめたいわけじゃない。」



優しく言い聞かせるのに、は更に体を震わせて涙を零す。
堪らず頬に流れる涙を指で拭おうとして手が止まった。


忍足の顔が脳裏に浮かび、それ以上触れるのを躊躇った。
その仕草にが視線をあげる。



お前・・、そんな目で見上げられたら抱きしめたくなっちまうだろう?



心の中で呟き、持っていたハンカチを差し出した。



「誰かが来る前に行け。」



俺の手元を見つめたまま受け取ろうとしないの手にハンカチを握らせる。
僅かに触れた冷たい指にも心が騒ぐのを耐え、俺はの背を押して廊下へ送り出した。


何か言いだけながハンカチを握りしめて俺を振り返る。
俺は小さく「行けよ」と告げ、生徒会室のドアを静かに閉めた。
ドアの向こうに消えていくの唇が俺の名前を紡いだ気がしたが確かめることはしない。


もう一度の顔を見てしまったら絶対に抱きしめてしまうと思った。



ドアに背中をつけて目を閉じる。
一人になった生徒会室にバスケ部の連中が顧問に怒鳴られている声が聞こえてきていた。



俺もコートに出なくては。
奴らに任せる事に心配はないが、俺がいなければ集中して練習できないだろう。
こんなところで俺が立ち止まってる訳には行かないんだ。





5分を数えて廊下に出た。
そこにの姿があるはずもなく、安堵と共に落胆する気持ちを持て余しながら
階段へ向かう。


そこで聞こえてきたのはピアノの音。
激しい心の揺れが、そのまま音になったラ・カンパネラが漏れ聞こえてきていた。



告げた事に後悔はない。
上階を見上げて自分に言うと、忍足たちが待つコートへと急いだ。





「遅いぞ、跡部!」



宍戸が俺の姿を見るなり怒鳴った。
その隣で鳳が「お疲れ様です」と頭を下げる。
ジローが大声で「跡部、打とう〜!」とラケットを振れば、
樺地が俺のラケットを差し出し、滝が練習メニューから顔をあげて微笑む。
向日が汗を拭いながら「跡部、遅いじゃん」と言い、忍足が笑って俺にボールを投げた。


いつもと変わらない連中たち。
喉の奥が熱くなるのを抑えてコートに入る。



「お前ら順番にコートへ入れよ。俺のウォーミングアップに付き合え。」


「あ、なら俺が一番でイイ?」
「ジローは長いから後にしろよ。俺が行く。今日こそ跡部をギャフンと言わせてやるからな!」


「なんならジローと宍戸、二人が相手でもいいぜ?」


「はぁ?舐めんなよ!」



負けん気の強い宍戸と俺と打ちたいジローが並んでコートに入った。
忍足が笑いながら俺に言う。



「やっぱり跡部がおると、皆のヤル気が違うなぁ。」


「当たり前だ、馬鹿。」



俺たちは全員が揃って『最強の氷帝テニス部』になんだよ。






誰もいなくなった部室で俺は同じ言葉を忍足に言った。
忍足は薄く笑って目を伏せた。



「俺はお前に嘘をつきたくない。」
「そんな・・・ズルイわ。」


「ズルイ?」
「まだ嘘つかれてコソコソとされた方がマシやった。」


「忍足・・・」
「お前の女が好きになったって言われて怒りたいのに、
 全員が揃うて最強のテニス部やなんて言われてしもうたら怒りも、拗ねもできん。
 それで?俺はどうすればええん?」


「俺が言うべきことはそれだけだ。
 お前には悪いと思っている。だが・・・俺の気持ちはどうしようもねぇ。」



忍足は俯いたまま溜息をついた。
そして長めの髪をガシガシとかきあげる。



「紹介した時から嫌な予感がしてた。
 お前と岳人にだけはと思って会わせたんやけど失敗やったなぁ。
 
 けど、お前と会わずにいたら・・・今の幸せそうなはおらんかった。
 アイツ、本当にピアノが好きやったんやな。 
 俺はそんな大事なことを知りもしてなかった。
 いや・・知っていたとしても苦しみから救ってやることなんか出来んかったやろ。
 
 それがな、悔しいねん。」





俺と目を合わせない忍足の銀色に輝くフレームばかりを見ていた。


この男に軽蔑されたくない。
だからこそ嘘をつきたくなかった。



「ゴメン。を待たせているから、とにかく帰るわ。」
「ああ。」


「あ・・肝心なこと聞くの忘れてた。は・・・何て?」



忍足の当然の問いに、俺は苦々しい思いで正直に答えた。



「どうしよう、どうしたらと言っていた。それだけだ。」



そこで忍足が顔を上げて俺を見た。
大きくなっていたレンズの奥の瞳が、次にはスッと細められる。



「どうしよう、どうしたら、か。そうか。ウン、分かった。」



「ほな、」と忍足はラケットバッグを背負い、普段通りにヒラヒラと手を振った。



「忍足。明日・・・」
「明日の朝練は7時半やろ?分かってるって。じゃあな。」



を迎えに行くという忍足の背中が外の闇へと消えていく。
部室のドアが閉まれば、壁にかけた時計の秒針音が聞こえ始めた。



こんな方法しか取れなかった自分。
正しかったのか正しくなかったのか、今の俺には答えが出せない。



拳を握り締め、苛立ちのままにロッカーを殴ろうとして寸前で止めた。
今、この拳を傷つけるわけにはいかない。





俺が俺を信じなくて、どうする。
忍足を信じなくて、どうする。





相手が忍足だからこそ、俺は逃げなかったんだ。




















『real』7 

2007.04.20 



















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