real 8










これで良かったのかと、後になって迷い考えたのは久し振りだ。
敷かれたレールの前で自分に選択肢はないのだと知らされた時以来かもしれない。


あの時、俺は時を待とうと思った。
漠然とは待たない。今、出来る精一杯の努力をして時を待つ。


俺が俺の自由をつかむためには、誰にも文句を言わせないだけの強い人間になる。
それが一番の早道だと思ったんだ。



と忍足に自分の気持ちを告げたこと。
その時にはベストだと思ってした事を思い悩むなど、およそ俺らしくない事だった。



忍足は翌日も何一つ変わらぬ様子で朝練に顔を出した。
アイツなら来ると信じてはいても顔を見るまでは落ち着かなかった。



「おはようさん。なんや雨が降りそうやなぁ。」
「放課後の部活は屋内になるかもしれないな。朝のうちにペアの動きを練習しとくか。」


「そうやな。けど朝からハードやと後がツライというか。」
「バーカ。それぐらいの体力がなくてどうする。」


「ハイハイ。」



荷物を降ろしながら言う忍足と並んで着替えている俺。
昨日のことなど存在しなかったような会話が出来ている事にホッとした。
それがお互いの努力の上に成り立つ会話だったとしてもだ。










今日も窓からグラウンドを見下ろす。
のクラスが外の体育なのを知ってしまえば、どうしても瞳がを映したがる。


何の打算もなく、ただ人を好きになるということ。
自分でもコントロールできない気持ちというものを初めて知った。


ああ、あの後姿はだ。
掴んだ薄い肩の感触を思い出す。


クラスメイトから遅れて出てきたは俯き加減に歩いている。
とてもじゃないが元気そうには見えない背中に溜息が出た。


真面目な奴だから心底困っていることだろう。


昨日は忍足と何を話したのか。
二人の間に波風を立てた張本人が心配する事ではないだろうが、が傷ついていないことを願う。


不意にの足が止まり、何だと思った時には色白の顔が校舎を振り返っていた。
逸らす間もなく目が合ってしまい、鼓動が音を立てた。


も驚いた顔をしている。
驚きすぎて視線が外せない、そんな感じかもしれないが俺だって視線を逸らせない。


グラウンドに響くホイッスルの音がするまで、俺たちは囚われたかのように見つめ合っていた。
拘束から解き放たれたように慌てて体操服の列に紛れ込んでしまう小さな背中を追う。


時間にすれば十秒もなかったんだろう。
だが俺の心に激しい波をたてた時間だった。



その後も俺はの姿ばかりを追っていた。
が無理にでも校舎は見ないと意識しているのを知りながら、どうしても追わずにいられなかったんだ。










食堂のテラスでガラスに流れる雨粒を見上げていたら、隣にトレイが置かれた。
この場所は自然とテニス部のレギュラーが集まる特等席。
視線を向けなくても、トレイに載せられたカレーライスで誰だか分かった。



「またカレーか。よく厭きねぇな。」
「跡部こそ、ようそんな醤油漬けのうどんが食えるな。」


「フツーだろ。」
「うどんの汁っていうのは透明度が必要なんやって。」


「珊瑚礁かよ。」



いつもなら他のメンバーが揃って賑やかなのに、今日に限って二人きりとは。
生徒会の仕事があって遅くなった俺より、更に遅く忍足がやってきたことには意味があるのかもしれない。
食べ終わっていた俺は席を立つこともできたが、そのまま降り始めた雨を見ていた。



「やっぱり雨になったな。」


「ああ。部活のメニューを変更する。」
「そうやな。」



忍足がスプーンでカツカツとカレーを混ぜる。
食堂には食器を片付ける音と雨の音が一緒になってBGMのように流れていた。



「跡部」
「なんだ?」


な、迷うてる。」
「・・・そうか。」


の迷いは、二者選択の迷いじゃない。」
「どういう意味だ?」



眉根を寄せて忍足を見れば、ヤツは淡々とした表情でカレーを口に運んでいた。
だが俺を見ない。ガラス窓の向こうを遠く見つめていた。



「今まで俺はの何を見てきたんんやろうって思う。
 最近な・・俺の知らん表情ばっかり見せるんや、アイツ。

 おとなしくて、可愛らしくて、傍に置いとくだけで嬉しかった。
 あんまり純粋で綺麗やから、汚して嫌われるんが怖くて手も出せんかった。

 やって本当の俺を知らんかったよな、きっと。
 お互いが遠慮して、本当の自分を隠してきてしもうた。」



「忍足」


「俺はが好きや。それはちゃんと言うといた。
 あとはが決めること。
 かわいそうやけど、それがアイツにも俺にも・・・そして跡部、お前にも大事なことやからな。」





銀色のスプーンを片手にした忍足が、やっと俺と視線を合わせた。
俺が頷けば、忍足も唇に笑みを浮かべて頷く。


俺は再び窓の外に視線を向けた。



「俺なら、お前に惚れるかもな。どの女にでもイイ顔するのをやめればだが。」
「そりゃ光栄や。けど、俺は跡部に勝てる気がせぇへん。」


「馬鹿。はじめから負ける気じゃ勝つものも勝てねぇだろ。そこんところがお前の悪いところだぞ。」
「そうなんよなぁ。昔から見切りが早いっていうか、こら無理やと思うたら気持ちが萎える。」


「勝負なんてのは最後までやってみないと分からないんだぜ?」



はは、と忍足が笑う。
笑いながらグラスの氷を揺らし、小さく呟いた。



相手がお前じゃなかったらな・・・、と。










長いようで短い一日を終え、雨の中を家路につく。
暗い車中で忍足と話した事を考えていたら運転手に声をかけられた。


見れば門の前に傘を差した氷帝の制服が立っている。
自宅まで追っかけかよと思った瞬間、俺の指はドアを開けるために動いていた。



!お前、何をやってるんだ!」



車のライトに照らされ眩しそうに視線をあげたが慌てて自分の傘を俺の上に差しかけた。



「跡部君、傘・・・」
「俺のことより、てめぇの心配をしろ!」



傘を持たずに車から降りてきた俺をが気遣う。
だが、そんなの肩は雨に濡れて色が変わり、夜目にも色白の顔が青ざめているのが分かった。



「とにかく車に乗れ。家で制服を乾かしてやる。」
「い、いいんです。その・・・CDとかハンカチを返そうと思って。だから、」


「返すにしても雨の中で待つことはないだろう?
 インターフォンを押せば必ず誰かがいる。中に入ってりゃいいものを。」


「あるのは分かったけど・・・気後れしてしまって。」


「忍足は?」



今日も忍足が送って帰ったのだと勝手に思っていた俺は訊いた。
は視線を伏せると雨が傘を打つ音に消えてしまいそうな声で呟いた。



「忍足君から返してもらえるよう頼んだんです。でも・・・自分で行くように言われました。」
「アイツが?」


「行けば、答えが見つかると。」



大人びた忍足の横顔を思い出し内心で溜息をつく。



しかし今は目の前のを温める方が先だ。



俺は傘を持つの手に自分の手を重ねて強く握った。
そのまま引きずるようにして車に近づき、運転手が開けてくれたドアの内にの体を押し込む。



は何度も俺の名前を呼び「待って」と言ったが、俺は聞く耳を持たなかった。




















『real 8』 

2007.04.22




















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