最後の告白 3
「真田君、好きなコもいないんだ。」
三階の教室。
は風が吹き込んでくる窓から中庭を見て呟いた。
眩しいものでも見るように細められた視線の先には真田がいる。
真田は柳と共に渡り廊下を歩いてくるところだった。
君の視線は真田を追う。
俺の視線は君を追う。
いつかお互いの瞳に想う相手として映し合う日が来るだろうか。
視線に気付いた真田が顔を上げた。
慌てて隠れたに呆れつつ、俺は真田に手を振る。
真田が口の形だけで『か・ら・だ・は?』と訊いてくるから、大きな丸を作ってやった。
すると真田と柳は笑い合い、『あ・と・で・な』と残して歩き出す。
体調が思わしくない俺を心配してのことだろうが、いつもと変わらない真田が嬉しかった。
「真田君、幸ちゃんを追い続けてるよね。」
「え?」
「幸ちゃんが相手じゃ、敵わないなぁ。」
壁を背に膝を抱えたが悪戯っぽく笑う。
馬鹿と笑って頭を軽く撫でてやると、は猫みたいに目を閉じて膝に顔を埋めた。
この距離感が手放せなくて俺は臆病になる。
手のひらに残る柔らかな髪の感触が堪らなく愛しかった。
真田に特別な人がいないと知っても、は何の行動も起こさずに真田を想い続けていた。
俺の傍にいれば、自然と真田に会える。
ぎこちないながらも真田の隣で一生懸命に笑ったり、相槌をうったりするの姿があった。
俺は思いのほか真田の神経は図太いんだと感心する。
自分に好意を抱いていると知っていて、まったく普段と変わらない態度でに接しているからだ。
二人が話をしている間、俺はいつも真田を見ていた。
恋をするを見るのが辛いのもあったが、確かめたかった。
真田に隠した想いがないか、視線や表情から注意深く探す。
もしも真田に遠慮なんかで我慢されていたら堪らない。
俺に嘘はつかない奴だと頭では分かっていても、もしかしたらと心は揺れた。
そんな中でも順当にテニス部は全国へと駒を進めていた。
夏の暑さは厳しさを増し、勝ち上がるにつれ試合内容もハードになってくる。
平気な顔をしていても俺の体は悲鳴をあげていた。
疲労のピークで迎えた決勝戦。
試合前の僅かな空き時間をチームから離れて木陰で休む。
目を閉じれば眩暈がして、地面が揺れる感覚に吐き気がした。
セミの鳴き声が煩わしい。
「幸ちゃん!」
目を開けなくても分かる、この声。
顔を見たくて億劫な瞼を開けば、笑顔のが人を避けながら走ってきた。
「この暑いのに、わざわざ真田の応援?」
「違うよ!立海の応援です。」
「それはそれは、ありがたいね。」
いつもの嫌味な言葉遊び。
ポンポンと言い返してくるのが常なのに、は物言いだけに俺の顔を見上げると眉を寄せる。
「幸ちゃん・・・顔色悪くない?」
「木陰にいるからね、そう見えるだけだろう。」
「でも、」
「大丈夫だよ。」
の言葉を遮って笑顔を作った。
このひと夏で痩せてしまった体は、肩に羽織ったジャージで隠している。
部員たちの前でさえ着替えないようにしているが、ウェアの下に浮かびあがる骨に気付かないはずはない。
でさえ俺の異変に気付くのだから余程だろう。
「そろそろ行くか。」
「待って、これ。」
は手にしていた袋からスポーツドリンクのペットボトルを差し出してきた。
真田への差し入れにと買ってきたのだろう。
胸の痛みに耐えつつ受け取れば、指先が痺れるような気がした。
「真田に渡せばいいんだろう?」
「違う。わたし用に買ったんだけど、幸ちゃん飲んで?」
「俺に?」
「こんなことしかできないけど・・・、応援してるから。」
は泣きそうな顔で俺を見上げると、強く言った。
心配してくれるんだ。
思えば、本当の笑顔になれた。
「ありがとう、頑張るよ。」
俺はに貰ったペットボトルを握りしめ背を向けた。
チームに戻れば、レギュラー全員が俺を見て表情を引き締める。
真田の眉間の皺が三割増しなのに苦笑して、皆の中心に立った。
大丈夫かと誰も訊かない。
訊いても欲しい答えが得られないことを知っているからだろう。
「これが最後だ。全力で行くぞ。」
全員が力強く頷いた。
に貰ったペットボトル。
半分は飲んだっけ。あのあと・・・どうした?
特別なものだったんだ。
空になった後も大事にしようって思ってたんだけどな。
すごく大きな声援が頭の中に響いた。
背中から真田に抱きつかれて、あまりの力の強さと大きさに苦しかった気がする。
やっぱりセミの鳴き声が煩かった。
目が覚めたら真っ白だった。
天井も、壁も、カーテンも、シーツも、全部。
上げた視線の先に点滴ボトルを見つけ、自らの腕につながってるチューブを追った。
「倒れたのか・・・」
確かめたくて声に出してみたら、酷く掠れた小さな声だった。
「幸ちゃん」
思いがけない名前を呼ばれ声のしたほうに顔を向ければ、ペットボトルを両手で握りしめたがベッドの脇に座っていた。
は口元は笑ってるのに、目元がハの字になって歪んでいる。
祈るように手で包みこんだペットボトルの中身は、半分になったスポーツドリンクだった。
「それ・・・俺の?」
「うん。」
「よかった・・・なくしたかと思った。」
はウンと頷いたけど言葉にならず、かわりに涙が頬に落ちた。
なんで泣くんだろうと不思議に思い、それでも好きなコが泣いてたら手を伸ばさずにいられない。
力の入らない手を頬に伸ばせば、自分の手のひらが汚れているのが分かった。
ラケットを握っていたから。
汚れている手で涙を拭うわけにもいかず困惑して手のひらを見つめていたら、
気付いたが自分のハンカチを出してきて俺の手をとった。
流れてくる涙を片手で拭っては、ゴシゴシと汚れた俺の手のひらを擦る。
俺は好きなようにされながら、回らない頭で馬鹿みたいに見つめるしかない。
鼻をすすったが小さな声でポツッと言った。
「幸ちゃん・・・最高にカッコよかったよ。感動した。」
ウン。
俺の返事は声にならなかった。
最後の告白 3
2007.10.30
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