最後の告白 4
俺の手のひらより、の頬を拭いたいんだけど。
思いながらも、必死にも見える仕草で俺の手を拭いているを見てたら何も言えなかった。
「少し濡らした方が落ちそう。ちょっと待ってて。」
席を立とうとしたの手首を咄嗟に掴んだ。
は瞳を大きくしたけど、直ぐに笑顔になって腰をおろす。
自分の子供じみた行動が恥ずかしくて、俺も手を放した。
「試合は・・・勝った?」
「優勝したよ。覚えてないの?」
「真田に抱きつかれて重かったのは覚えてる。」
「そう、皆が駆け寄って。そしたら幸ちゃん、糸が切れたみたいに・・・」
またが声を詰まらせて涙を拭った。
余程心配をかけたのだろう。それでも泣いてくれるの気持ちが嬉しかった。
「さっきまで真田君たちもいたの。でも表彰式があるからって呼ばれて。
それで私に傍にいてやってくれって。」
「真田が?」
「幸ちゃんが倒れた時、担架が来るより先に真田君が抱き上げて運んだんだよ。
コートから幸ちゃんを抱えて出てきた真田君が『も来てくれ』って呼んでくれて。」
気を遣ってくれたのだろうか。
まったく。益々、真田に頭があがらなくなってしまった。
思わず額に手を当てて溜息をついたら、が慌てたように腰を浮かす。
「具合悪い?先生、呼んでこようか?今、他の怪我した人を隣で診てるの。」
「違うよ。ちょっと自己嫌悪に陥ってただけだから。そのペットボトルくれる?」
の膝の上に置かれたペットボトルを視線でさせば、今度は冷たいのを買ってこようかと席を立つ。
また手首を掴んで、それでいいからとお願いする。
とにかく傍にいて欲しい。
だから、どこにも行かないで。
そんなに優しくされたら、好きだと思う気持ちが抑えきれなくなるよ。
涙のわけを都合よくとりたくなるのは、自分が弱っているせいなのか。
「いいから・・・ここに。」
絞り出すように懇願すれば、または泣きそうな顔で頷いた。
それから直ぐに表彰式を終えた真田たちがやってきて、膝の上に優勝トロフィーやら何やらを並べられ写真を撮られた。
あまりの騒がしさに戻ってきた医師に注意され、続いて呼ばれた親が到着して俺は病院へと搬送されることになった。
その間、は部員たちの後ろの方でニコニコしていた。
真田が近くにいて嬉しかったのかもしれないけれど、今日は俺のために微笑んでくれているんだと勝手に思うことにする。
ちょっと幸せな気持ちで向かった病院で、俺はそのまま入院することになった。
「肝機能が落ちてるんだってさ。酒を飲んでるわけでもないのに不思議だよね。」
せっかく俺が病状を明るく説明してやってるのに、真田は俯いたまま腕を組んで動かない。
隣では小さな花のブーケを抱いたが遠慮がちな笑顔で俺を見ている。
偶然に病院の近くで会ったという二人は連れだって病室に入ってきた。
「真田、疲れてるのか?」
「・・・疲れてなどおらん。」
「取材や挨拶まわりがあって忙しいんだろう?悪いな。全部をやらせて。」
「そんなことはどうでもいい。」
真田らしくなく不機嫌だ。
は怯えたように真田の顔色を窺うと、花瓶を借りてくるねと病室を出ていった。
「とにかく座れよ。なんでそんなに不機嫌なんだ?が怖がってたぞ。」
「一緒に来るつもりはなかった。」
「まさか、俺に気を遣って不機嫌なのか?」
呆れた奴だ。
俺のために好意を持ってるの前で不機嫌に見せたのか?
今度は俺が不機嫌になる番だ。
そんなことをされても嬉しくないし、惨めなだけだ。
余計なことだと言おうとしたら、真田がジッと俺の顔を見てから視線を逸らした。
眉を寄せ目を閉じると思いきったように口を開く。
「俺は・・・お前が目に見えて痩せていくのも、体が辛そうなのも、全て知っていて無理をさせてしまった。」
「なんだ、突然。」
「止めるべきだったのに、止めなかった。もう少し・・・もう少しだけだと無理をさせて。」
膝の上で拳を握りしめる真田の頭を枕で殴った。
想像もしていなかった衝撃に真田の目が丸くなってる。
それが可笑しくて、俺は真田を殴った枕を胸に抱えて笑った。
「俺は俺の意志で戦っていた。謝るべきは俺であって、真田じゃない。
心配と気苦労ばかりかけてゴメン。最後までベストの状態で戦えなかったことを申し訳なく思っている。」
「幸村・・・」
「あまり悩むと早くにハゲるぞ?あと、真田は顔が怖い。
病人の前では無理してでも笑顔を見せるものだ。ホラ、笑ってみろ。」
「悪かったな、怖い顔で。お前のようには笑えん。」
言ってから、真田は息を吐いて肩の力を抜く。
そして呟くように「やはり、お前は強いな」と目元を和らげた。
部員たちの様子や取材の申し入れが多いことなどを聴いていたら、花瓶を持ったが戻ってきた。
小さなブーケは薄いピンクや黄色のガーベラで可愛らしい。
幸ちゃんは花が好きだからと、俺の好みまで把握している長い付き合いに思いを馳せた。
友達でもいい。
この優しい時間を大事にしたい。
真田とが並び、俺に学校での話をする。
それはそれで悪くない時間だった。
「俺は先に。」
「真田。を駅まで送ってやってくれ。」
「い、いいよ!平気。全然大丈夫だから。」
慌てるを無視して、真田に頼んだ。
真田は眉根を寄せて俺を見たけれど、頼むよと微笑めば無言で頷き席を立つ。
どうしようと顔に書いてあるの背中を押すように、シッシッと手を振り病室を追いだす。
頬を染めたは真田の背を追い、ドアを閉める時に俺を振り返って『ありがとう』と唇の形だけで告げて微笑んだ。
頷いてバイバイしてやれば、
クリーム色のシンプルなドアは静かに閉まっていく。
もう二人の姿は見えない。
切なくないと言えば嘘になる。
でも俺の好きなが好きなのは真田なんだから仕方ない。
俺は枕を直すとクリーニングの匂いがするシーツに体を横たえた。
体がベッドに沈みこんでいくような感覚に抗いながら、廊下を歩く人の靴音に耳をすませる。
どうして想う人に想われないんだろう。
真剣に考えて笑ってしまった。
全ての人間が想う人に想われる世の中だったなら、どんな歌も小説も存在しないだろう。
届かない想いや擦れ違う心があるからこそ生まれるものがある。
それは慰めだけれど。
俺がを好きなのと同じ。
は真田が好き。
想いは本人のものでしかなく、誰かが簡単に動かせるものではない。
真田との恋を応援するのとは違うけど、邪魔もできないと思うんだ。
それでも俺を好きになってほしいと・・・心は願ってしまうけど。
最後の告白 4
2007/10/31
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