策士です。それが何か? 3
「ほな、メガネ屋に行ってくるから」
昇降口で忍足が部活の誰かに電話している。
近くで聞くのも悪いかと離れて歩いていたら、なんと白い壁に向かって行くから慌てて肘を引いた。
「ちょっと、壁に激突するよ?」
「なんや壁の色が全部白やと凹凸が分からんようになってな」
へらりと笑った忍足に頭が痛くなった。
真面目に一人じゃ歩かせられないよ!!
階段では足を踏み外しそうになるし、
靴箱では鼻先がつく程にロッカーにひっついて名前を探してるし、
おまけに似ても似つかないような顔した同級生を『お〜い、跡部』などと呼び始める。
あの人、野球部のスキンヘッド君だったよ?髪の毛の有無ぐらいは分かるでしょうよ。
とにかく、その度に首根っこを捕まえたり肘を引っぱったりとするのだが、ホント心臓に悪い。
学園から外に出ると、もっと危険物は多い。
生まれたてのヒヨコを連れて歩いてる母さんニワトリの気分だ。
自転車や歩行者が来るたびに注意をしてやって、段差があるたびに教えてあげる。
「忍足ねぇ。今どきの幼稚園児だって、もう少しシッカリしてるよ?」
「しょうがないやろ。目ぇが見えへんのやから」
まったく見えないわけじゃないでしょうよ・・とは思うけど、視力はホンキで悪いようだ。
そんな人のメガネを事故とはいえ壊してしまった私は何も言えなくなる。
「せめてメガネ屋までは、おとなしく私の隣を歩いてよ」
「分かった、うわっ」
言った傍から、忍足は足元の段差に躓いた。
「もう、忍足」
ふたたび肘を掴もうとすると、反対に手を握られた。
ぎょっとして手を引く私に負けない力で握ると、顔だけは爽やかに微笑んで見せる。
「安全のために手ぇ繋ごうな」
「はい?」
「安全第一。安全、安全」
歌うように言って、ぶんぶんと繋いだ手を振る。
そしてそのまま右足を電柱にぶつけて悶絶した。
手のひらに汗かきそう。
忍足の手って、すごく大きい。
擦れ違うコたちの視線も痛いよ。
長身のオトコマエ君が歩いてたら気になるよね、中身は変な奴だけどさ。
おまけに、その隣にいるのは平均を絵に描いたような私よ。
怖い。綺麗なおねぇさんが睨んでる気がする。
「メガネ屋さん、まだ?」
「ちょっと遠いんやって。馴染みのおっちゃんがやってる商店街のメガネ屋でな」
「あ、あそこにメガネ屋が」
よくテレビで見る大型チェーン店を発見。
走り出そうとしたら、ぐいっと手を引かれる。
「あかん、あかん。メガネは馴染みのおっちゃんちって決めてるから」
「この緊急事態にそんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
道路の向こうで、大型チェーン店が『おいで、おいで』ってしている。
しかし忍足は私の手をしっかり握ったまま、頑として動かない。
「アホか。ええか?テニスのガットかてなぁ、大きいスポーツ店で張ってもらうより
小さくても老舗の店を構えてるおっちゃんのほうが腕がええんやって
こう微妙な力加減というか、ボールを打った時の感触が全然違うんや」
「そうなの?」
「そうそう。せやから大手は駄目。さ、おっちゃんちへ行こう
あ、その前に喉が渇いたなぁ。冷たいもんでも飲んでいくか」
そう言って忍足が指差したのは、大きいファーストフード店。
どうやら飲み物は大手でもいいらしいと溜息が出た。
策士です。それが何か? 3
2010/07/17
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