策士です。それが何か? 5
「なぁ、ここ見て?やっぱり腫れてるやろ?」
「腫れてない。ハゲてる」
「マジかっ」
携帯で殴られた場所を指しては訊いてくる忍足が鬱陶しい。
あれぐらいでコブができるはずもないし、できてたらそれはそれで万々歳だ。
「髪の分け目やから薄く見えるんやろう?」
微妙に焦りを見せる忍足が髪を撫でつけながら言うのに少し気分が晴れた。
相変わらずよく喋る忍足と共に馴染みのメガネ屋さんを目指し、すでに随分と時間がたっていた。
途中でバスに乗った方が早かったのではと思ったが、忍足が「もう少しやから」と言うので歩き続けている。
しかし忍足の言う「もう少し」は、私の思う「もう少し」とは全然違うのではと疑い始めた。
「ねぇ、まだ?」
「もう少しや」
ニコリ。音が出そうに爽やかな笑みが胡散臭い。
同じ笑みでファーストフード店を出るなり再び私と手を繋ごうとした忍足。
冗談もイイ加減にしろと手を振り払い、今は安全のために私が忍足の肘を掴んで歩いている。
犯人を連行しているような心境だ。
「忍足の『もう少し』って何分なわけ?」
「せやなぁ、一時間ぐらい?」
足を止めて睨みつける。
へらりと笑った忍足が「冗談、冗談」と手を振るが、真実ではないだろうかと不安だ。
「向こうに見える交差点を曲がったら直ぐや」
そう言われれば、我慢もできる。
仕方ないなぁと溜息を零し、また忍足の肘を引っぱり歩きだした。
「なぁ」
「もう休憩はしないよ」
「そうやなくて。お前って、とことんお人好しやなぁって」
突然、なにを言いだしたんだ、コイツ。
何か奢ってもらおうとでも、企んでいるのだろうか。
疑いの眼差しを向けられていることに気付いたのか、忍足は眉を下げて笑った。
「いっつもそうや。文句言いながらも人のために動くやろ」
「そうだったけ?」
「自覚ないんか?」
「べつに」
何かにつけて物事を頼まれるのはあるかもしれない。
こんなことになった原因の地図だって、もとはクラスメイトが先生に頼まれたものだった。
休み時間に行かなきゃいけない所があるから代わりに取ってきてとお願いされたのだ。
用事があれば断ったけど、特に何もなかった。だったら断る理由がない。
「高校あがって直ぐや。お前、俺に代理で告ってきたよな」
「ああ、アレ。あれは勘弁して欲しかったんだけど、その前の週に跡部に代理告白してたから断れなくて」
「そうや。二週連続で別の男に告るって、ありえんやろ」
「え〜、頼んできたのは別人だもの」
「そういう問題やない!」
交差点は目の前なのに、忍足が足を止めて怒りだす。
「そんな過去のことを今さら思い出して怒られても困るんだけど」
「お前のような鈍ちんには分からへんのやろうけど、繊細な男心を踏みにじったんや」
「繊細ねぇ」
つい笑ってしまい口元を押さえると、忍足が眉を寄せて睨んできた。
メガネをしていないぶん、今日の忍足は表情が良く分かる。
「けど、返事はOKだったじゃない」
「自棄になってたんや。少しはショックを受けてくれるかもという期待もあったしな」
「ショックって?」
「思いっきり期待は裏切られたけどな」
忍足は独りでブツブツと呟き、大げさに息を吐いた。
とにかくと気持ちを切り替えた様に前髪をかきあげ、私を見下ろす忍足の表情は真顔だ。
「お人好しもたいがいにな。まぁ、もうさせるつもりもないけど」
そのお人好しに腕を引かせてメガネ屋に行こうとしている人は誰だろう?
首をかしげつつ前を見れば、ちょうど交差点の信号が点滅を始めたところだった。
「あ、走ろ」
「ちょっと人の話を」
私は忍足の肘を強く掴むと信号が点滅する交差点に飛び込んだ。
「なんてこと・・・」
それ以上に言葉が続かない。
高齢者と野良猫しか歩いていない寂れた商店街は軒並みシャッターが閉まり、
忍足に案内されたメガネ屋も例に漏れず錆びたシャッターを下ろしていた。
「あ、そうやった。今日、ココの商店街の定休日や」
呑気な声にぶんっと振り返り言葉を探すが、あまりの怒りに何から言っていいのか分からなくなる。
「ほな、また明日ということで」
「忍足!!」
拳を振り上げて追いかけたら、奴は簡単に私を避けて逃げた。
策士です。それが何か? 5
2010/08/09
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