真田家の嫁 『嫁の秘密』












柳がイチゴを手土産にやってきた。
いつか来るとは思っていたから、真田が予想していよりは遅かったぐらいだ。



「やはり居たか、弦一郎」
「居るに決まっているだろう。今日は祭日だぞ」


「まぁ、そう不機嫌な顔をするな。奥さんに土産もあるのだから」



真田の不機嫌にも全く動じない柳。幸村のごとく、許しも得ずに靴を脱ぎはじめるよりはマシだろう。
それにしても何故、自分の周りは人の都合を訊かずに突然やってくる奴が多いのだろうと思う。


答えは・・・真田自身が人の都合など聞かずに行動する人間なので、今さら誰も遠慮しないのだ。
ついでに言うなら立海テニス部OBの彼らは、だいたいにおいて遠慮というものがなかった。
君臨した部長が自己チュープリンス幸村なので、当然と言えば当然の結果だ。
常識人である紳士・柳生でさえもテニス部メンバーには容赦がなく、
ハーフのジャッカルだけが日本人らしい謙虚さと気遣いを持っていた。



、客だ」



和服姿の真田が袂に手を入れたまま奥に声をかける。
すると鈴を鳴らすような可愛らしい返事と共に、長い廊下の奥から白いかっぽう着姿の嫁が出てきた。
新妻は突然の来客に慌ててかっぽう着を外し、軽くたたむと玄関先に膝をつく。
朱色に縞が入った普段着使いの着物姿も愛らしい女性だ。



「ようこそいらっしゃいました」



綺麗な所作で頭を下げた妻が顔をあげる。
そこで柳の顔を見た妻は「あ・・」と瞳を大きくした。



「柳・・・さん?」
「そうです」



二コッと柳が微笑むと、は白くて細い手を合わせ「やっぱり」と嬉しそうに笑った。



「旦那様から色々と伺っております。お会いできて嬉しいですわ」


「さて、弦一郎は何と俺のことを話しているのか・・・興味深い
 ああ、そうだ。これはイチゴです。お好きなら良いのですが」


「まぁ!旦那様も私もイチゴは大好きなのです。ありがとうございます」



差し出されたイチゴの箱を受け取り、が瞳を輝かせる。
新妻の少女のような喜びように柳は目を細めた。
透けるように色の白い彼女に真っ赤なイチゴがよく似合う。



ゴホンと真田が咳払いをする。



「玄関先で話もなんだ。さっさと上がれ」
「では、お邪魔しよう」



柳は笑顔のまま、真田邸に無事迎え入れられた。



妻が奥でお茶の準備をしている間、真田と柳は庭が一望できる客間で向かい合う。
真田家の庭には立派な梅の木がある。
昔は赤也が木登りして枝を折り鉄拳を食らったり、
案外家庭的なジャッカルが梅の実を拾っていってはジャムを作ったりしていた。


その梅も今が満開。



「久しぶりに来たが・・・ここは変わらないな」


「いや。親が歳を取ってからは手入れが行きとどかず荒れていたのだがな
 が嫁に来てから熱心に整えてくれたのだ」



真田にとって幸村は腐れ縁・・・もしくは目の上のたんコブであった。
しかし柳は腹を割って話せる数少ない友人であり、信頼もしている。
ひとつ息を吐くと、真田は胸にわだかまっていた言葉を続けた。



「結婚のことだが、お前にまで報告が遅れてしまったことを申し訳なく思っている。すまなかった」



頭を下げる真田に一瞬は虚をつかれた様子の柳が、次には笑いだした。
可笑しそうに口元を押さえて笑うと、大真面目な真田に軽く手を振ってやる。



「いいんだ。お前のことだ。俺にだけ報告して、幸村たちに秘密にするなど出来なかったのだろう
 秘密にしなければしないで、ほら花嫁を紹介しろ、式に呼べと大変なことになっていただろうしな」


「実は結婚するまでに色々とあったのだ。おおっぴらに披露できる状況ではなくてな」
「確か・・・見合いだったのだろう?」


「表向きは、な。形だけは整えた」
「ふむ、興味深いな。なにをしたんだ、弦一郎」



真田は窓の外に咲く梅に視線を流し、眩しそうな顔をする。
柳は静かに真田の言葉を待った。



「あれが他に嫁ぐはずだったのを俺が貰ったのだ」



僅かに開眼した柳だが、すぐに笑みを戻した。
そして笑いながら呟く。



「やるな、弦一郎」



柳の言葉に、真田は少しだけ頬を赤くして「うむ」と目を閉じた。





誰かさんと違って、ものの小一時間で真田の家を辞した柳。
その足で向かった先はブラジル料理の専門店だった。



「いや、もういいから。頼むから俺に聞かせないでくれ」



両手で耳を塞ごうとするジャッカルに、淡々とコトのしだいを語って聞かせる柳がいた。
カナリア色のエプロンを身につけたジャッカルは、暑くもないのに頭に汗を浮かべている。



「幸村も知らない秘密を俺が知ってるとバレたら何をされるか」
「それは同じく俺もだよ。だから共犯者になってもらおうかと思ってな」


「や、やめてくれっ」
「単純に考えても一人よりは二人で受けた方が怒りも分散されるだろう?」



ジャッカルは無言で激しく首を振った。
それは全く違う。幸村の怒りは確実に弱者である自分に向かってくるに決まっている。
穏やかな顔して怒らせると誰より陰険で粘着気質な柳を相手にするより、
簡単に苛められてウサの晴らせる人間に矛先が向くのは当然だ。
と、いうより過去の経験から、ジャッカルにはそうなると分かっていた。



「そ、それなら赤也に言ってくれ」



う〜んとカウンターに頬杖をついた柳がマンゴージュースをストローで軽く混ぜた。



「考えないでもなかったが、幸村はジャッカルのほうが好きだろう」
「な、何がだ!?」


「ジャッカルなら遠慮はいらないしな」
「だから、何のだ!?」


「まぁ、そういうことだから。あとはよろしく頼む」



ニッコリと微笑まれ、ジャッカルはいっそのこと泣いてしまいたい気持だった。
嫁の秘密を告げた柳は言うだけ言うと席を立ち、
聞きたくもない秘密を聞かされてしまい怯えるジャッカルを振り返ると思い出したように言う。



「そうだ。弦一郎のとこの庭には、今も梅が咲いていたぞ
 時期になったら梅を貰いに行くといい。迷惑かけられ料だ」


「そんなもの、いらん!」


「ついでに言うと、あそこの夫婦は色違いの着物を着ていたぞ
 和服のペアルックなど初めて見たが、ポロシャツよりは粋だった」


「もう聞きたくないっ」



ジャッカルの悲壮な声に、柳は愉快そうな笑い声を残し店を出ていった。





その頃の真田家。
ガラスの器に盛られたイチゴを前にして、真田は困惑していた。



「はい、弦一郎様」



綺麗にヘタが取られたイチゴが眼前で輝いている。



「あ〜ん」



どうしたものだろう。
フォークに刺されたイチゴは美味しそうだが、雛鳥の如く食べさせられのは男として如何なものか。


真田は眉間の皺を深くすると、目が寄りそうになりながらイチゴを見つめる。
妻の黒い瞳が期待に輝いているのを見るとむげにも断れない。
腕を組んだまま数秒間は悩んだ真田だったが、観念して口を開いた。


嬉しそうに口に運ばれてきたイチゴは冷たくて、甘酸っぱい。
恥ずかしさのあまり目をつむって黙々と口を動かした真田がイチゴを飲みこんで開眼すると
目の前には幸せそうに微笑んでいる愛妻の姿があった。



「なんだ?」
「・・・嬉しくて」



そんなに『あ〜ん』が憧れだったのだろうか。
怪訝な顔をする真田には柔らかく微笑んだ。



「こうやって弦一郎様のお傍にいられるのが夢のようで」



一瞬は言葉を失くした真田が次には穏やかな優しい笑みを浮かべた。
そしておもむろに赤く熟れたイチゴを指でつまむと妻の口元に持っていく。



「次はお前だ」



真田の仕草に目を丸くした妻。
だが、次には頬を桜色に染めながら目を閉じる。



「ほら、あーん」



立海のメンバーに聞かれたなら羞恥で死ねそうな真田の甘い声が、
あたたかな春の日差しに溶けていった。





カランコロンと来客のベルが鳴る。
その音に顔をあげたジャッカルは悪魔を見た。



「久しぶりに飲みにきてやったぞ」



笑顔の幸村が立っていた。




















真田家の嫁3 「嫁の秘密」 

2009/03/21




















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