真田家の嫁 『嫁と誤解』
「あ、人さらい!!」
大きな声が街のアーケードに響き渡る。
周囲を歩いていた買い物客の視線が一斉に、小学生を引きつれた厳しい顔の男に集まった。
その人物は眉間の皺を三割増しに増やし、聞き覚えのある声にゆっくりと振り返る。
「よっ、真田。久しぶり!」
そこには銀色のハシゴを肩に担いだ丸井がいた。
いつもなら丸井の胸元を速攻で掴んで真意をただすところだが、今は可愛い生徒を連れている。
そう。今日は子供たちを引率して近所の商店街を探険する授業なのだ。
「うわぁ、冷蔵庫も箱に入ってるんだ!!」
「コレ、何かなぁ。変な線がイッパイ出てる」
「質問は電気屋のおじさんにするんだ。何でも答えてくれるぞ」
真田の言う『おじさん』に悪意を感じる。
丸井は狭い店内に詰め込まれた小学生を前に引きつりながら、電気屋の二代目として店を案内した。
なんにでも興味を示し、落ち着きのない子供たちにハラハラする。
液晶テレビが子供に押されてグラグラするのに肝を冷やすが、視線だけで『駄目だ』と指導する真田に少しだけ感心した。
「さっきのハシゴは何に使うんですか?」
「テレビのアンテナ工事に使うんだ。あれで屋根の上に上るんだぜ」
「え〜、怖くないの?」
「全然。見晴らしが良くて気持ちいいぜぃ」
馬鹿ほど高い所が好きだというからな。
真田は生徒たちの後ろに立ち、心の中で納得する。
「電気屋さんって儲かるの?商店街の小さなお店って、経営が厳しいんでしょう?」
「はぁ〜。イマドキの小学生はシビアだなぁ」
ガリガリと頭をかいた丸井だが、純真な目をした子供たちの背後から『きっちり答えろよ』光線を発している真田先生がいるので怖い。
面倒だなぁと思いつつも、丸井は丁寧に子供たちの質問に答えた。
わらわらと子供たちが店を出ていくのを見送る丸井の隣に、そっと真田が近寄ってきた。
「悪かったな、急に。ここで会ったが百年目だと思ってな」
「なんだよ、ソレ。それにしても疲れたぜぃ。よく毎日、あんなガキんちょの相手ができるな」
「可愛いものだ」
「ふ〜ん。意外と真田に先生は合ってるんだな」
そっか。可愛いのかと丸井が子供たちに目を細めた時、隣からガツッと肩を掴まれた。
振り仰げば眼光鋭い真田が自分を見下ろしている。
「な、なんだ?」
「ところで、さっきの人さらいとは・・・何のことだ?」
「へ?」
「俺を『人さらい』だと呼んだだろう?」
背中に黒いオーラの見える真田の威圧感に丸井は両手をあげる。
「いや、だって」
「だって、何だ?俺が集団の小学生を誘拐する男に見えるか?」
「違うって。さらったのは嫁さんだろい?」
「嫁?」
瞬間は首をかしげた真田が、次にはカッと目を見開いた。
ヒッと丸井は息をのむ。
「お前、その話を誰に聞いた?蓮二か?」
「や、柳?柳は知らね」
「では誰だ?」
「連絡網でまわってきぜ?」
連絡網?
あ然とする真田に丸井は説明した。
「先週だったかテニス部の連絡網でさ
既に結婚が決まっている嫁さんに懸想した真田が結婚式の当日に式場に乗り込んだ
花婿をぶん殴り、怪人二十面相のごとく美しい花嫁をさらってビルからビルへって・・・違うのか?」
眉間を抑えて目を閉じてしまった真田を丸井が覗きこむ。
いまだにテニス部の連絡網が生きていることも真田にとっては驚きだが、
それより何より何がどうして自分は妻を結婚式場から誘拐してビルの間を飛んでしまったのかが理解できない。
「まさかと思うが・・・それをお前は信じたと?」
「え?あれ、嘘なのか?俺、仁王にも連絡網まわしたぜ?」
「仁王も信じたのか?」
「さぁ?けど『すごいのぅ。愛の力はビルをも越えたか』って感心してたぜ」
頭痛がした。
確か仁王の次は柳生だったから、百パーセント連絡網はまわっているだろう。
それも更に大げさに、だ。
その発信源を考えれば答えは一つ。
テニス部の連絡網をまわせる男は誰なのか。
連絡網のトップ。それはテニス部の部長しかいない。
「幸村め・・・」
真田は奥歯を噛んで拳を握りしめた。
その夜のこと。
真田は家に帰るなり幸村に電話で抗議をした。
だが幸村はケロリとして明るく笑う。
「俺が回したのは『真田の結婚は血迷った真田の略奪愛だった』だよ
前から連絡網はメモを取って正しく回せって言ってるのに、みんな適当に回すからさぁ
いつの間にか尾ひれがついて別の話になってたりするんだよね」
「ちょっと、待て。尾ひれも凄いが、お前の回した元の連絡網に問題があるだろう?
第一そんな個人的なことを連絡網で回す必要がどこにある!?」
電話口の幸村が静かになった。
黙秘かとイラッとした真田が口を開けば、向こうから溜息が聞こえた。
「幸・・」
「だってさ、酷いじゃないか。なんで俺には話してくれないのさ
柳は仕方ないにしても、中身は日本人なのに見た目は外国人のジャッカルが知ってたんだよ
俺だって真田の秘密が知りたいのに仲間外れじゃないか」
中身が日本人で見た目が外国人に何の問題があるのかは分からないが、早く言えば幸村は拗ねていた。
鈍感な真田でもそれぐらいは分かり、思わず溜息が零れる。
「蓮二が話したのだろう。口止めはしなかったし、いずれはお前にも知れると思っていた」
「なら俺にも話してくれればいいだろ?俺が一番最初に真田のところに行ったのに酷いじゃないか」
「別に自分から言いふらすようなことでもないだろう」
「それでも俺は真田のことを全て知っておきたいんだって!」
幸村がキッパリと言った。
神の子とまで呼ばれた幸村に、そこまで執着されるのに悪い気はしない。
うむ。永遠のライバルだからな。
やれやれと思いながらも、真田の口元に笑みが浮かぶ。
「分かった、分かった。今度は、ちゃんとお前にも話す。だから捏造した話を言いふらすなよ」
「柳より詳しく話してくれよ。約束だぞ」
そう子供のように強請る幸村に苦笑して、分かったからと電話を切った真田。
そんな夫の後ろにはお茶を淹れて部屋に入ってきた妻がいた。
苦笑いを浮かべる夫に、は首を傾けて「どうしました?」と訊ねる。
その妻の仕草が愛らしくて、真田は勝手に緩む頬を誤魔化すようにお茶を手に取った。
妻に事の次第を語って聞かせると彼女はいたく喜んだ。
両手を合わせて口元に寄せると「素敵ですね」と夢を見るような瞳で言う。
「どこがだ?信じる奴の気がしれん」
「弦一郎様が花嫁をさらって逃げる姿、きっと素敵です」
「な、何を言いだすんだ?」
「もしも・・・」
口に含んだお茶が気管に入りそうになった真田。
だが「もしも」と切り出した妻の微笑みに儚げな影が見えた気がして真田は口元を引き締めた。
「あの時に父が許してくれなかったら、弦一郎様は私を」
みなまで言わせず、真田は妻の唇に人差し指をあてた。
武骨な指に触れられて、は瞳を大きくする。
自然に色づいた唇は、指で触れても柔らかい。
この唇に狂いそうなほど焦がれていた自分を妻は知っているだろうか。
真田は瞳を細めると穏やかに口を開いた。
「さらっただろう。ビルからビルには飛ばんだろうがな」
悪戯っぽく告げた真田に、は泣きそうなほど嬉しげに微笑んだ。
真田は思う。
自分以外の男のもとへ嫁ぐを許せるはずもなかった。
たとえ相応しくないと罵られようと、真田にとっては唯一無二の存在なのだから。
甘えるように擦り寄ってきたを腕の中におさめ、誰にはばかることなく触れられる唇に幸せを思う。
真田はこのうえなく幸せだった。
その頃の幸村は満面の笑みで電話の子機を抱きしめソファに転がっていた。
幸村には神様に与えられたとしか思えない突出したテニスの才能があった。
社会人になってしまった今では何の足しにもならない才能なのだが、周囲が常に彼を特別として扱ってしまった過去がある。
それが彼の人格形成に深く影を落としていることに真田は気付いていない。
「俺が知らないのに他の奴が知ってるのって、すごくムカつくんだよね」
そんな幸村の俺様志向。
真田家の嫁 『嫁と誤解』
2009/05/02
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