2012年お正月企画 
真田の嫁 番外編 『嫁の正月』 前編










新年を迎えた真田の家に響く古めかしい呼び鈴の音。
台所に立つが動くより先に、届いた年賀状を読んでいる真田が腰を浮かせた。


両親から譲られた古い家であるために、玄関先に出るまで相手が誰か分からない。
人を疑うことを知らない妻が心配で、在宅中はフットワーク軽く対応する真田だった。


やはりカメラ付きのインターフォンに変えた方がいいな。


はレトロな呼び鈴の音が気に入っているようだが、安全が優先だと真田は常々思っていた。
どこの店に見に行こうかと考えながら、急ぐでもなく玄関に向かった真田。
考え事をしていたものだから、うっかり相手を確認せずに戸を開けてしまった。



「ハッピーニューイヤー♪さ」なだ



ガラガラ、ピシャ。



真田の「なだ」を聞く前に、年代物の磨り硝子戸は閉められた。
笑顔のままで三秒間かたまっていた幸村精市。
次の瞬間には戸に手をかけて強引に開けようとする。


それを予測していた真田は慌てて鍵をかけたのだが、なんせ相手は傍若無人な幸村だ。
遠慮なく戸を叩いて真田の名を連呼し始めた。
新年早々から借金取りでも来たのかと近所に疑われそうだ。



「何をしに来たっ」
「新年から遊びに来てやったのに、酷い仕打ちじゃないか。さ〜ん、幸村だよ」


「勝手に人の妻の名を呼ぶな」



戸を挟んで言い合う二人。



「幸村さん?」



ああ、と真田は項垂れた。
騒ぎを聞きつけ、台所からが様子を見に来てしまったのだ。





     *  *  *





「粗茶ですが」
「とんでもない。さんが淹れてくれれば玉露と一緒だよ」



真田から見れぱ胡散臭いとしか言えない爽やかな笑みを浮かべて幸村が言う。
眉間のしわが更に深くなるのを感じつつ、真田は口をへの字にして茶を啜った。
夫の友人が集まるような居心地のいい家庭にしたいと常々言っているは嬉しそうだ。
真田自身は可愛い妻との時間を邪魔する友人など来なくて万々歳なのだが、喜ぶ妻を前にしては言えない。



「で?何の用だ」
「まぁ、そう急ぐなよ。せっかちは長生きできないぞ?」



お前と一緒にいる方が寿命が縮むんだと心の中でツッコむ。
さっさと用件を済ませて帰れの思念も送ってもみたが、幸村は全く動じない。
「ああ、美味しいお茶だ」などと、ほっこりしている。


そこへ再び呼び鈴が鳴った。
反射的に真田が腰を浮かせたが、私が・・・とが先に立つ。
幸村と妻を二人きりにするのも面白くない真田は、仕方なく頷いた。
パタパタと遠ざかる足音を聞いてから、真田は幸村の茶碗を奪い取って盆に戻す。



「なにすんだよ」
「用がないなら帰れ」


「用ならあるよ」
「なんだ」


「それはね」
「弦一郎さま!」



幸村が形の良い唇を開いた時、真田を呼ぶ妻の焦った声がした。
顔色を変えて立ち上がった真田が玄関に走る。
その後ろ姿を幸村が楽しそうに振り返った。



「どうした!?」
「あなた、外国の方が。私、英会話は自信がなくて」



オロオロする妻の向こう。
玄関で紫の風呂敷包みを抱いていたのは、褐色の肌にスキンヘッドのジャッカルだった。
脱力した真田だったが、それにしても何故にジャッカルがと疑問に思う。
見た目が外国人そのままのジャッカルは情けなく眉を下げて恐縮している。



「えっと、何かお届け物でしょうか?道に迷ったとか。旦那さま、聞いて差し上げて下さい」



真田は一つ息を吐き、ジャッカルに冷たい視線を送った。



「なんだ?道に迷ったのか?」
「え・・・いや、迷わず来れたが。今日じゃなかったのか?」



流ちょうな日本語に、が両手を合わせて「まぁ、お上手」と驚いている。
それを内心では可愛らしく思いつつ、「今日とは?」とジャッカルに問い返した。


その時、また呼び鈴が鳴った。
玄関先で「は〜い」と返事したの前に、また別の人物が顔を出す。



「ちわっ。あけおめ。お、ジャッカルも今きたとこか?」
「よかった。ブン太、今日で間違ってなかったよな」


「おうよ。これ。商店街にある有名なシュークリーム。どうぞ、美しい奥さんに」
「あ・・ありがとうございます」



差し出された白い箱をつい受け取ってしまったが、赤面して真田を見上げる。
そこへ新たな人物が現れた。



「あけましておめでとう。今日は世話になります、さん」



穏やかな笑みを浮かべて玄関に顔をのぞかせたのは柳だった。
その後ろには「うへぇ〜、相変わらず古い家っスね」と視線を巡らせる赤也までいる。


真田は目頭を軽く揉んでから、おもむろに口を開いた。



「今日、我が家で何があるのか教えてもらおうか」



もっともな真田の問いに、あれっと全員が同じ顔をした。
その一瞬ですべてを察した柳が小さな声でつぶやく。



「幸村だな」



元凶は、やはり彼なのだ。





     *  *  *





「あれ?年末に電話してなかったっけ?あ〜、忙しかったからなぁ。忘れてたかも」



ジャッカルの持ってきたお手製のつまみを覗き込みながら、しれっと幸村が答えた。
絶対に覚えていて電話しなかったなと以外は納得して溜息をつく。


かくして家主の知らなかった新年会が強制的に開催されることになった。
唯一の女手としては大忙しで台所に立つ。


それぞれが手土産を持ってきてくれたので(幸村は手ぶらだったが)、食材には困らない。
台所にまで賑やかな笑い声が聞こえてきて、まで楽しくなってくる。
遅れて柳生と仁王も加わり、いつもは夫婦だけの食卓が皿で一杯になった。


真田の妻として、夫の客をもてなすのが嬉しいはよく動く。
使った皿を替えようかと夫の脇から、は遠慮がちに手を伸ばす。
その手に大きく温かな手が重なった。



「いいから、もう座りなさい」



言葉は命令形のようでいて、その真田の声は優しい。
制するために重ねた手は直ぐに離れていったけれど、は恥ずかしそうに微笑んで頷く。
さぁさぁと気を利かせた丸井たちが席を空け、そのままは大好きな旦那様の隣に落ち着いたのだった。



「なにを食べる?ジャッカルのブラジル料理は美味いぞ」
「はい、いただきます」



真田は自然な仕草で皿を持ち、少しずつ料理を取っていく。
これは辛いから苦手だろうとか、この味は好きそうだからなとか言いながら、
妻が好みそうなものを食べられる量だけ盛って彼女の前に置く。


夫から皿を受け取ったは、目を輝かせて一口、二口を咀嚼すると嬉しそうに微笑んだ。



「おいしい」
「だろう?」


「何が『だろう?』だ。お前が作ったわけでもないのに」



仲睦まじい夫婦を前に、幸村が悪態をつく。



「ジャッカルさん、ありがとうございます。とっても美味しいです」
「あ、いえ。お、お口にあって、よ、よかったです」



美しい人妻に微笑まれて、ついジャッカルは赤面する。
それを眼光鋭い真田に睨まれ、今度は冷や汗をかいた。



「蟹も美味いですよ」



北海道の蟹を持ってきた柳が勧めれば、これまた真田が先に取り、食べやすいように蟹を折ってやる。
小学校の先生といえば世話を焼くのが仕事なのだろうが、昔から真田を知っている者たちには信じられない光景だった。



「昔さぁ、真田の後ろに置いてあったマンガを取ってくれって頼んだら、すげぇ怖い目で睨まれたことがあったなぁ」
「はぁ?俺に物を取らせる気か?ああ?っていう心の声が聞こえてきそうなやつだな」



ぼそぼそと丸井とジャッカルが話している。
その隣で仁王と柳生も真田夫婦について語っていた。



「ありゃ普段は真田が箸を持って『あ〜ん』とか、やりよりそうじゃな」
「まさか」



日本酒を口にしながら笑った柳生だったが、夜間の救急外来で見た真田の様子を思い出して『あるかも』と思い直す。
あの真田君が・・・『あ〜ん』って、ありえない。でもやりそうだ。どうしよう想像できてしまう。



「どうした?」
「な、なんでもないです」



口元を押さえて黙りこんでしまった柳生を仁王は不思議そうに見る。
その隣では「真田のくせに」と憎々しく呟く幸村がいた。



「そう言えば真田副部長って、いつも微妙な野球帽をかぶってましたね」と赤也。
「あんなにかぶり続けていたなら、絶対に蒸してハゲると思ったのに」
「思いのほか弦一郎の髪は根性があるな」



赤也と幸村の会話に柳が加わる。



「髪の毛が細くて柔らかい幸村の方が薄くなりそうだと私は思ってましたけどね」



なんとはなしに話に加わった柳生は、その後に満面の笑みを浮かべた幸村に次から次へと酒を注がれることになった。




















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真田の嫁 番外編 『嫁の正月』 前編




















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