さよならから始めよう 15









景吾は、呆然としていた。
何がどうなって、こんな話に至ったのか。



「・・・どういうことだ?」



やっと出た声は低く掠れていた。



「それは今、話しただろう。お前と、」
「私、景吾の奥さんになるの。」



祖父が繰り返そうとした言葉に保奈美の声が割り込む。
彼女は明らかに顔色が悪かったが、毅然として言い放った。



「冗談だろう?お前は、まだ子供だし。第一・・・」
「子供じゃないっ!今すぐ、籍だって入れられるよ!」


「そういう問題じゃないっ!第一、俺はお前を女として見たことがない!」



保奈美の瞳が大きく見開かれる。
一瞬、苦しそうに視線を落とした保奈美だったが、次にはキッと景吾を見据えてきた。



「平気よ。これから見て貰えばいいんだから。」
「そんなこと出来るわけないだろう?俺は、ずっと妹みたいに・・」


「それならっ、今からは妹じゃなく、女として見てっ!」



ヒステリックに声を荒げた保奈美に言葉をなくし、景吾は祖父の方を向いた。
まさか今日、話すことになるとは思わなかったが、いい機会だ。
との事を、この際はっきりと保奈美の前で告げよう。



「会長。こんな所で話すことではないかもしれませんが、俺には決めた・・・」
さんには、私が話したわ」


「なに?」



思わず鋭い視線を向けた景吾から、保奈美は瞳をそらさなかった。
体が震えてる。息が苦しい。けれど、言わなくては。



「あの人には景吾と別れてくれるよう話したわ。遊びは終わりだって。」
「お前・・・」



景吾の脳裏に、さっき別れてきたの姿が浮かぶ。
どんな思いで俺を見送ったんだ。アイツの泣きそうな顔。あれは、見間違えなんかじゃなかった。


いてもたってもいられない気持ちに襲われる。
今すぐのもとに行きたい。そして抱きしめてやりたい。
席を立とうとした景吾に、保奈美も立ち上がって叫ぶ。



「いつもの景吾らしくない!あんな人の、どこがいいの?ね、お願い。私にして?
 あの人には、他にも誰かいるわ。景吾じゃないといけない理由がない。
 だけど、私には景吾だけなの。景吾じゃないと駄目なの!」


「保奈美、落ち着きなさい。」
「景吾。話はまだ、すんでおらん。」


「どんなに話しても、俺は承諾できません。とにかく、この話は無かった事にしてください。」
「景吾!イヤっ!」



両家の人間が止めるのも聞かず、景吾は席を立ち背を向けた。
その背中に、保奈美の切羽詰った声が響いた途端。


彼女は激しく咳き込んで蹲る。
ヒューヒューと喉を鳴らして、床に手をついた。



「保奈美!あ・・・山田先生に来ていただいて!早くっ!」
「けい・・ご・・・行かない・・・で」


「黙って。とにかく、吸入を!」
「けい・・ご」



苦しい息の中でも、保奈美は景吾の名前を呼ぶ。
保奈美の母親が景吾を縋るように見た。祖父も視線で景吾を促す。
溜息を飲み込んで、険しい顔をした景吾が保奈美の傍に跪いた。



「馬鹿、しっかりしろ。ゆっくり息を吐くんだ。ほら、吸入だ。保奈美っ」
「景・・吾。傍に・・いて?く・・るしい」


「・・・分かったから。とにかく吸入だ。」
「約束・・・傍に・・・」



景吾は黙って保奈美の背を支え、ステロイドの吸入をさせる。
だが、これだけで治まるような発作ではないようだ。
唇の色が悪い。点滴が必要だろう。


腕に鈍い痛みが走る。それは、保奈美が力いっぱい景吾の腕を掴んでいるからだ。



今夜は・・・無理だ。



の顔が浮かんだ。儚い・・・消えそうな笑顔が。



窓を雨が打つ。
と別れた後に降り出した雨は、冷たい雨になっていた。










夕方から降り始めた雨は本降りになっている。
当直明けで普段どおりの仕事をこなした真田は、いつもより早めに帰宅の途についた。


ワイパーが作り出す視界の先。
マンションの駐車場に車を入れようとした真田の目に、小さな後姿が飛び込んできた。
まさか?いや、しかし。信じられない思いで急ブレーキを踏む。


考えるより先に雨の中を車から飛び出して、細い腕を後ろから掴んだ。



!?」



簡単に掴んだ腕が引き寄せられて、ふらっと彼女の体が真田の方に向く。
ずぶ濡れの髪の間から覗くの瞳を見て、真田は目を見開いた。



っ、どうした?何があった?」
「弦一郎・・・」



雨なのか涙なのかも分からないほど、の頬に雫が次々と滑り落ちていく。
唇を震わせながら、は小さく呟いた。



「助けて」



次の瞬間。真田はの体を力いっぱい抱きしめていた。
氷のように冷たくて震える体が、力なく腕の中にある。
もう真田には、自分の感情を抑えることなどできなかった。



「俺はっ、お前が幸せなら、それでいいと思っていた。
 
 なのに、何故だ?
 何故こんなにも、お前は傷ついてる?

 俺ならお前を泣かせはしない!
 お前だけを見つめて、お前だけを守って生きていく!

 だからっ」



自分の想いを吐き出すような真田の声にも、は人形のように立ち尽くしていた。
真田は抱く腕の力を強くして、はっきりと告げた。



「だから・・・跡部は諦めろ。」



ぴく・・・との体が動く。
真田の耳に、雨音に混じるの小さな嗚咽が聞こえてきた。



・・・俺は、お前を愛している。ずっと・・・愛していたんだ。」



震えるの体を強く抱いて。



真田はに愛していると告げた。



答えはしない彼女の耳元に。何度も。何度も告げた。




















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