さよならから始めよう 18










翌日の昼前になって、景吾は東京に戻ってきた。
仕事は成功をおさめ、ホッと一息をつく。


ここ数日秒刻みのスケジュールをこなしていた景吾は、
残務処理を秘書に頼んで自宅へと戻ってきた。


車を降りたところで、保奈美が玄関から飛び出してきた。
待ち伏せかと、呆れながら歩き始めた景吾の腕を掴んで車に押し込もうとする保奈美に驚く。



「な・・・なんだっ、おいっ」
「景吾の馬鹿!もう間に合わないよっ!早くっ」


「保奈美!」
「14時10分発、LAL403便、ロンドン行きだよ!」



保奈美の肩を掴んだ手が止まる。ロンドン?



「何でロンドンなんだ?ドイツだろ?」


「そんなこと知らないっ!ロンドンだって!
 前から勧められてた・・・花関係の勉強をするための留学だって。」


「待て。あいつは真田と・・・男と行くんだろ?」


「誰よ、それ? 一人で生きてくって言ってたよ。早くって!」



保奈美に押されて車に戻ってしまった。
混乱する景吾を無視して、保奈美は窓から運転手に「成田へ!」と叫ぶように告げる。



「保奈美、何故だ?」


「私、景吾を卒業することにしたから。長くお世話になりました。」



保奈美はニツコリ笑って、ふざけたように敬礼をしてみせた。
一瞬・・・言葉をなくした景吾は、視線を一度外してから再び保奈美を見て笑った。



「バーカ。お前を妹みたいに大事に思ってる。それは変わらねぇ。」
「うん、分かってる。」


「・・・行ってくる」



保奈美の笑顔をもう一度見て、景吾は前を向いた。





車が見えなくなるまで保奈美は手を振っていた。
景吾が見ているかは分からないけれど・・・一生懸命振り続けた。


車が消えて、ほう・・・と息を吐いて振り向くと渡邊が立っていた。
キッチリとアイロンがかけられた白いハンカチを差し出すと優しく微笑む。



「保奈美様、ありがとうございました。」
「ううん。」


「保奈美様には、保奈美様の幸せがございます。」
「うん、そう・・・だね。」



保奈美は渡邊のハンカチを受け取って笑った。
あまりに彼らしいハンカチに。涙を流しながら、笑った。










景吾は流れる景色を目で追ったいた。
燃えるように赤いカンナの花が、道路沿いで揺れている。



真実は分からないが行ってみよう。
この胸にあるものが疼いて仕方ないから。
愚図愚図と考えるのは性に合わない。


昔から自分の目で確かめないと・・・納得できねぇんだ。


腕時計を見ると、かなり厳しい時間だった。
それでも『会いたい』という気持ちは変わらなかったから、心のままに進むことにした。










こんな辺ぴな所に空港を作りやがって。


あたるところが他にない。
諦めと腹立たしさで降り立った空港で見た腕時計は、すでに14時10分を過ぎていた。


は機内だろう。
もう、会うことは叶わない。


空を見上げて溜息をつきながら。
それでも足は空港内に向かっていた。


第2ターミナルのチェックインカウンターに向かう。
見慣れた風景を眺めながら、はいないと知りつつ歩く自分に苦笑した。
が手続きをしたであろうカウンター近くで立ち止まる。



こんな女々しい自分が信じられない。
それでも、これが恋なのだろう。



お前は今、何を思っている?



ひとつ息を吐いて、振り返った。
そこには、自分と同じように立っている人間がいた。



「遅いぞ、跡部。は行ってしまった。」



開口一番、真田が言う。



「・・・さっき、知ったんだ。
 とても間に合う時間じゃなかったな。お前は?一緒に行かなかったのか?」


「俺が行くのはドイツだ。」


「・・・どういう事だ?」



真田が視線で景吾を促す。二人は話しながらターミナルの大きな窓際へ移動した。



「やはり、はお前に告げなかったのだな。どうやって知った?」
「保奈美が教えてくれた。」


「ん?ああ、お前の婚約者か。」
「婚約者じゃねぇ。」


「分かっている。昨日会えたと・・・が話していた。」
「で、お前は?ドイツとイギリスに分れて行き来するつもりか?」



景吾は腕を組み、真田を真っ直ぐ見つめながら訊ねた。
真田も目をそらさない。いつも通りにピンと背筋を伸ばして景吾の前に立っていた。



「いや。は一人で生きていくと言った。は、ああ見えて頑固だ。
 俺の助けは要らないと言ってきかないから・・・行かせるしかなかった。」


「真田、お前・・・それでいいのか?」


「いいわけないだろう?
 しかし、仕方ない。の心の中には、まだ・・・忘れられない男がいるのだそうだ。
 そいつが完全に消えるまで、もう誰も愛さないと勝手に決めてしまった。」



景吾が瞳を大きくする。しかし真田は表情を変えずに淡々と話し続けた。



「俺はな、跡部。
 あのパーティーでお前とを引き合わせてしまったことを生涯悔いるかもしれない。
 だが、もし。お前がを幸せにしてくれるのなら・・・後悔はない。」



少しの沈黙。景吾と真田は言葉もなく視線を合わせた。



景吾が唇の端に笑顔を浮かべる。
学生時代、テニスコートに王者として立っていた時の様な笑い方に真田も口元を緩めた。





「真田、お前に後悔はさせねぇよ。」


「そうか。」


「あいつの行き先を教えてくれ。」


「・・・いいだろう。」





俺は欲しいものは手に入れる。
今までも、これからも、それは変わらない。


そして、。お前は特別だ。


お前は俺が初めて愛した女だから。
愛して欲しいと願った女だから。


迎えに行ってやるよ。
俺様が直々にな。


お前のことだ。きっと俺を拒否するだろう。
また泣かせちまうかもしれない。



一度は間違った。


だが、同じ過ちは繰り返さない。





間違えたなら、やり直せばいい。


始めから、やり直せばいいじゃないか。





だから、





俺は、お前を迎えに行く。





「もしもし?保奈美か。ああ、間に合わなかった。
 ・・・馬鹿。お前が泣いても仕方ねぇだろ。

 ああ。お前、に会いに行ってくれたんだってな。
 ・・・感謝してる。

 そうだな、もちろん捕まえる。ああ、分かってる。



 ・・・そうか。あいつ、そんなこと言ってたか。
 ああ、分かった。俺も見てみたいしな。

 笑わせてやるよ。俺の前でも・・・きっとな。」





の花のような笑顔。



俺が・・・きっと咲かせてやる。




















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