さよならから始めよう 2
真田にとって、は外戚関係にあたる。
血縁関係は近くないが、家が近所だったので幼い頃から彼女を知っていた。
の家は華道の名門だった。
跡は長男がとった。も花に関する仕事をしているが道は全く違う。
彼女は窮屈な華道の道に進まず、フラワーアレンジメントを選び、
そこから視野を広げテーブルコーディネーターの仕事も始めた。
幼い頃から華道家の家庭に育ったは抜群のセンスを発揮し、
最近は雑誌などにも名前が出るようになっていた。
美しく清楚な幼馴染。
真田にとっては特別な女性。
大切に守ってきただった。
に電話がかかってきたのは、景吾と名刺を交換した翌週の事だった。
「さん!A&Kコーポレーションの跡部常務から電話です!3番!」
慌てた声の同僚に、は顔をあげた。
頭の中に、先日パーティーで会った彼の顔を思い描いて受話器を取る。
3番のボタンを押して、ひとつ深呼吸をした。
「お電話代わりました。です。」
『跡部だ。』
「先日は、ありがとうございました。パーティー後、お褒めの言葉を頂いたとか。スタッフが喜んでおりました。」
『いや。・・・それより、個人的に仕事を頼みたいのだが。』
「はい。」
受話器越しに流れてくる景吾の声は、深く響いて心地よいものだった。
は片手でメモを取りながら『素敵な声』と思って、ひとり恥ずかしくなった。
依頼の内容は、妹の誕生日を自宅でするためのテーブルコーディネートだった。
断わる理由もなくは了承し、その週末には跡部家を訪れたのだ。
そこでは、景吾の秘書が待っていた。
広いダイニングに通されて、食器やら、その日のメニューについて打ち合わせをする。
コックと相談したり、食器などの写真をとったりと、いつも通りには仕事を進めていた。
「すまない。遅くなった。」
大きな窓から覗く、手入れの行き届いた庭を見つめていたの背中に声がかけられた。
振り向けば、スーツ姿の景吾が立っている。
秘書はいつのまにか姿を消していた。
は思わず見惚れる。
すらっとした体を黒っぽい上質のスーツに身を包んで立つ彼は、
あの日パーティーで見た以上に精悍で整った顔だった。
「あ・・・の、いいえ。」
何か言わなくては、と思うのに。何故か言葉がうまく出ない。
そんななど気にもしないふうで、景吾はの隣に並ぶと庭を見つめて目を細めた。
「庭が気に入ったか?」
「・・・はい。お手入れが行き届いていて、庭を管理されている方の愛情を感じました。」
「そうか。俺も、ここから見る庭は気に入っている。」
景吾の言葉に、が表情を柔らかくした。
そして、また庭に視線をやったの横顔を、今度は景吾が見つめる。
陽の光りの中で見る彼女は、この前の夜よりも美しかった。
陽射しは彼女を包んで、瞳も髪も黄金に輝かせ、肌は白さを増す。
景吾はじっとを見つめて苦笑する。
この歳で一目惚れとは。
景吾が笑っている気配に気づいたが不思議そうに彼を見上げた。
「なにか?」
「いや。お前が綺麗だから見惚れていただけだ。」
「えっ?」
さらっと口説き文句を言うと 「で、どんな感じになるのか聞こうか?」 と背を向ける。
は勝手に火照る頬に焦りながら、慌ててカバンから資料を取り出した。
この人。とんでもない遊び人なんだわ。
ああ、恥ずかしい。私ったら、ひとりで赤くなって・・・きっと心の中で笑ってるわね。
あたふたとしながらテーブルに資料を広げてみたものの、もう景吾の顔が見られないだった。
「あの・・・ご本人には、お会いできないでしょうか?その方のイメージに合った花を添えたいのですが。」
「アイツは一緒には暮らしていない。本当の妹じゃないんだ。幼馴染みたいなもんなんだが。」
「そうだったんですか。じゃあ・・・イメージを教えていただけますか?
できたら、お写真とか見せていただきたいのですが。」
の言葉に、少し考える素振りを見せた景吾。
だが、すぐに何か思いついたようだった。
「写真か。そうだな・・・ちょっと来てくれ。」
景吾に促されて部屋を出たは、彼の後ろについて階段を上がった。
の家も大きい方だが、この邸宅は規模が違う。
どこに連れて行かれるのだろう・・・とドキドキしながら、は景吾の背中を見つめていた。
長い廊下の奥の部屋まで来て、景吾はドアを開けると目でを促した。
少し頭を下げて遠慮がちに足を踏み込んだ。
その部屋の様子に、思わず景吾を振り返ってしまった。
景吾はチラッとに視線を流すと、すこしだけ口元を緩めてデスクの引き出しを捜し始める。
は固まったように立ち尽くした。
この部屋は、彼のプライベートルームだ。
シンプルで上質なものしか置いていない部屋。
デスクとソファ、オーディオのセット。奥は寝室になっているのだろう。
ソファーの上に投げられたガウンがそのままで、彼の私生活が生々しく感じられは戸惑った。
「ああ、あった。これは、去年の誕生日だったと思うが。たいして変わっちゃいねぇ。」
片手でネクタイを緩めながら差し出された写真を受け取る。
そこには可愛らしい女子高生ほどの女の子が景吾と共に写っていた。
彼の腕に抱きついて、嬉しそうに笑っている。
本物の兄妹のように見える、微笑ましい写真だった。
「可愛い方ですね。」
写真を手に、彼女の雰囲気はチューリップかしら?と考えをめぐらせていると、その写真に影が落ちてきた。
いつの間にかネクタイを外し、ジャケットをソファーに脱いだ景吾が目の前に立っている。
射るように見つめられて、の心臓が大きく波打った。
「お前。真田の恋人か?」
「ち・・・違います。母方の遠い親戚です。」
「そうか。なら、いい。他のヤロウなら、恋人がいようと関係ねぇ。奪えば済むことだ。」
「なにを」
突然の質問に頭がついていかない。
ただ、景吾の視線が痛いほど強くて。体が勝手に後ずさって行く。
「お前を・・・奪えばいい。」
言葉を発する隙もなかった。気づいたときには、腕を取られてて抱きしめられていた。
そのまま乱暴に口づけられて、手にしていた写真が落ちていく。
それが始まり。
欲しいものは手に入れる。それが、景吾の愛し方だった。
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