さよならからはじめよう 4










景吾は大企業の重役に位置している。
会長を祖父。社長は外から入れたが、専務が父。常務が景吾だ。


父は重役に名前は連ねているが、大病をしてしまい、あまり影響力がない。
だから現役の会長が、将来的には孫である景吾を社長に据える為に足固めをしているところだ。


幼い頃から帝王学を自ら叩き込んで可愛がった孫だ。
能力も高く大きい期待をかけていたし、景吾もそれに応えてきた。


多少ワンマンで、仕事以外では世間知らずのところもあるが、それも追々学んでいけば良いことと。
若くに要職へつけた。





景吾にとって、今まで思い通りにならなかったのはテニスぐらいのものだった。
学生時代はテニスに打ち込み、トップを目指した。努力もした。


だが、上には上がいる。
今も付き合いのある真田にも負けたことがある。
次の試合では勝てたが。それまでに、人には見せない努力があった。


真田以外にも、勝てなかった相手はいた。
悔しくて気が狂いそうだった。
その度に血の滲むような努力を重ねてきた。


それでも、トップにはなれなかった。


テニスは高校まで。そう決めていたから、辞めてしまったが。
唯一自分に挫折を味あわせたのがテニス。


今となっては、それもプラスになっていると思っている。



他は。勉強にしても、仕事にしても。常に成功をおさめてきた。
欲しいと思ったものは何でも手に入れてきた。


恋愛だって。
気にいった女性がいれば手に入れる。飽きたら別れる。


それを繰り返してきた。


どうせ、いずれは会長の選んだ娘とでも結婚するのだろう。
結婚になど夢も持たない。ただのステップだとしか思わない。


そうやって生きてきた。



だって。パーティー会場で美しさに一目ぼれして欲しいと思ったのだ。
それはお店で目に付いた玩具を欲しがるような・・・そんなものだった。



が、今の状況はどうだろう。と、景吾は首をかしげた。



携帯を出しては不在着信が入っていないかマメに確認してしまう。
着信を知らせるランプが点滅しているのを見ると、急いで携帯を開いた。



『今夜はFKビルで撮影です。終わるのは9時過ぎると思います。』



待ち人からのメールに口元が緩む。
会議の休憩時間だというのに、廊下のブラインドに向かって素早く返信する。



『終わったらメールしろ。迎えに行く。』



送信して少したつと手の中で携帯が震えだす。
その感触に唇の端で笑いながらメールを開く。



『お仕事大丈夫ですか?私は電車で帰りますから無理をしないで下さい。』


『お前のために使う時間は無理してでも作るさ。』



なんと甘い言葉を。自分で苦笑しながら送信ボタンを押した。


このメールを開いたときの彼女の表情が見なくても目に浮かぶ。
きっと頬を染めて、あの細くて白い指を唇にあてるのだろう。



可愛い女だと思う。



あの歳まで、どうやって・・・あんなに清らかでいられたのだろう。



を見初めた時点で彼女の実家のこともすべて調べた。
だから彼女が独り暮らしをしている都内のマンションだって知っていたのだ。


真田との関係も調べた。
二人の間に恋人関係はなかったようだ。


だが常に真田が共にいて、彼女を守ってきたのは事実のようだった。


正直、面白くない。



しかし自らも振り返ってみれば、幼馴染の保奈美を可愛がって守ってきた。
あれと同じか・・・と思い直した。


保奈美は親類関係はないものの、会長と保奈美の祖父が親友だったため子供の頃から行き来があった。
10も離れて生まれた保奈美を、一人っ子の景吾はとても可愛がった。


保奈美もリゾートホテルを家族で幾つも経営している家庭に育った。
母親はホテル事業、父親はゴルフ場と分担して、日本中を飛び回っている。


寂しそうにしている保奈美に、自らの幼い時を景吾はだぶらせていた。
おまけに保奈美は喘息の持病があって体が弱い。
尚更、景吾は保奈美を気遣い大切にしてやっていた。


それは、もう。肉親のように接していたのだ。





仕事を手早く済ませ。
普段なら、まだデスクに向かっている時間にハンドルを握っている自分がいる。


それは恋人に会うためだ。


何故か今回の恋愛は、いつもと違っていた。
欲しいと思い、やや強引であっても手にいれたまでは何時もと同じ。


なのに、そこから調子が出ないのだ。


があまりに男慣れしていなくて、驚くぐらいに純粋だったからだ。


少し無茶をすれば、大きく澄んだ瞳に涙を堪えてしまう。
触れれば恥ずかしがって顔も上げられない。


ぎこちない笑顔。躊躇う指先。ピンク色に染まる頬。


そんなものも全部、景吾は気に入っていた。



なんといっても、3度目に会った時。



『・・・優しくして欲しい 』 と呟かれたのには参った。



あんなに可愛らしいことを言われたのは初めてだ。
あれで、調子が狂ってしまった。



無機質なビルの前に、ポツンと立つ姿。



ああ・・・花が咲いてやがる。



景吾は思って微笑んだ。



は撮影に使った後、余った花を簡単な花束にして持っていた。
撮影に用意した資料やカメラなどが入った大きなカバンを肩からかけている。


景吾の車に気がつくと、ほんの少し頭を下げた。
そんな他人行儀なところが歯がゆい。
馴れ馴れしくされてもさめてしまうが、あまりによそよそしいのも受け入れられてないようで気にくわない。


溜息をついて、の前に車を寄せた。
窓を開けて「乗れよ」と声をかけてやるまで動かない


ドアを開けた彼女から荷物を受け取り後部座席に放り込むと、やっとが乗り込んできた。
途端に甘い花の香りが車内に広がる。



「いい匂いだな。」
「余ったから・・・持ってきました。跡部常務に、差し上げましょうか?」


「景吾だ。」
「・・・景吾・・さん。」


「まったく、いい加減に慣れろよ。」



さん付けで景吾の名前を呼んだだけで下を向いてしまったが可愛らしくて、
彼女の髪をぽんぽんと撫でてやる。
それにもやっぱり肩を竦ませた彼女に景吾の笑みは深くなった。



まだ付き合い始めて2週間ちょっと。
なのに、景吾は3日とあけずにとの時間を作った。



自分でも笑ってしまうが。17、8の高校生みたいに、がっついてる自分がいる。
ありていに言えば、彼女に夢中になっている。



別にブレーキをかけるつもりもない。
自分の変化を面白く思いながら、を求めている。


こんな恋も面白れぇ。なんでも熱くなれるのが好きだ。
今まで恋愛には熱くなれなかったが、こういう事があってもいい。


景吾は、初めて感じる恋愛の高揚感に身を任せた。





反対には戸惑っている。


車を走らせている景吾の整った横顔を盗み見ては、
落ち着かない胸の鼓動と居心地の悪さに身の置き所がない。





手を繋いでいいか?


抱きしめてもいいか?


キス・・・したい。いいか?





会うたびに景吾が聞く。
は躊躇って、恥ずかしくて、どうしようもなくなる。


なのに景吾は約束を守って、触れる前には必ずに問うのだ。
誠実なのか、遊びなれてるのか分からなくなる。


それでも、真っ直ぐに見つめて問う彼に『嫌だ』と言えたことは一度もない。
顔から火が出るような恥ずかしさに身を竦めながら、最後には頷いてしまうのだ。


伸びてくる無骨な手。


重ねられ。


抱きしめられて。


くり返される口づけ。



彼に触れられる度に、甘く胸が締め付けられる。
苦しいくらい景吾が自分の中に流れ込んでくる。



心も体も。乗っ取られていく感覚には怯えた。



「おい。夜景でも見に行くか?」
「え?」


「明日は休みなんだろ?今夜は、ゆっくりしたい。」
「でも・・・」


「でも、なんだ?」
「景吾さんは?」


「俺の心配はいいんだよ。自分の心配をしてな。」
「私の心配?」



言っている意味が分からなくて、が眉を寄せる。



景吾がフッと笑った。
その口から滑り出した言葉に、は瞠目する。



「お前を抱きたいんだ。全部、俺のものにする。いいか?」



窓の外を通り過ぎていく光と闇。



の瞳には、たった一人の男以外、何も映っていなかった。




















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