さよならから始めよう 6









景吾からの連絡が途絶えてしまった間に桜が咲いてしまった。


はじめの一日、二日は携帯を見つめて、彼からのコールを待っていた。
三日を過ぎれば。


ああ・・・やっぱり。と、思うようになった。


ホテルで一夜を過ごしてから鳴らない電話。



遊びだったでしょう?
不慣れな女では、面白くなかったでしょう。



思うほど胸が痛い。
なのに傷つきながらも、どこかで景吾を待っている。


それが頭の隅で分かっているから、余計に自分が哀れに思えて悲しい。



今月末に依頼されている跡部邸での誕生日パーティー。
あれはどうなるのだろうか・・・と。


発注書を書く手が止まってしまうだった。










、夕飯でも一緒にどうだ?』 真田から電話があった。



この前は疲れているならと気を遣わせてしまったし、は『行くわ』と答える。
景吾と付き合うようになって、一度も真田とは連絡をとっていなかった。



退社後に彼と待ち合わせをして、車に乗って郊外のシーフードレストランに入る。
海を見ながらの食事。


お天気の良い昼間なら、きっと素晴らしい眺めなのだろう。
夜も遠く灯台の明かりや舟の灯りがチラチラして、それなりに雰囲気があって美しかった。


お互いが近況を話し合う。
真田は1週間ほどドイツで開かれた学会に出席していたと話し、
『お土産だ』とが好きなブランドの一輪挿しを買ってきてくれていた。



「嬉しい。憶えててくれたんだ。」
「もちろんだ。気にいってもらえたのなら良かった。」



真田は何でもないことのように言って箸をすすめる。
これは製造している現地でも手に入りにくい代物なのだ。
どうやって手に入れたのか・・・どちらにしてものために骨を折ってくれたのだろう。


真田の不器用でいて優しい気遣いができるところをはとても好きだった。


きっと彼の口から嘘やごまかしは一生語られることはないんじゃないか・・・と思われるほど。
いつも背筋をピンと伸ばし、前だけを見つめている。


尊敬と憧れ、そして一番信頼できる人物が真田だった。



は食事の合間に、何度も景吾のことを打ち明けようと試みた。
景吾を紹介したのは真田だ。彼の性格や色々なことも知っているだろう。
彼のことを相談するなら真田しかいない。



けれど言い出せなかった。



強引に始まって、けれど自分はその手に落ちてしまった。
先は無いだろう・・・と知りながら、抵抗もせずに彼に抱かれて。


そして、終わり。



そんなことを、目の前にいる真田に言えるはずも無い。
まるで自分が汚れてしまった気がして、清廉潔白な彼には告白できなかった。



食事を終えて外に出る。
駐車場の脇には桜の木が一本植えてあった。


ここの桜も満開だ。
横に立つ外灯に照らされて、透明感のある花びらが透けて綺麗だった。



二人は、しばし桜を見上げた。



真田は桜よりもから目が離せなかった。
淡い外灯の明かりを浴びて桜を見上げる彼女の横顔に花びらが散っていく。


その光景があまりに美しくて、真田は息を呑む。


は美しい女性だと、ずっと思ってきたが。


桜の色と彼女の肌の色が同じに見えて。
その清らかさと儚い美しさに目眩がしそうだ。


あまり見つめていたら、たがが外れて力づくでも抱きしめてしまいそうだった。
から視線を外すと、木の根元に折られた一枝を見つけた。
真田は枝を拾うとに差し出す。



「落ちていた。」
「誰かが折ったのかしら。可哀相に・・・」



は辛そうな目をして桜を見上げる。



「お前が持って帰って命尽きるまで大事にしてやれ。」
「・・・そうね。」



は真田の顔をじっと見てから、微笑んで桜の枝を大事そうに手にした。
彼女の微笑みに、真田もまた柔らかい表情を見せる。



美しい
幼いときから、ずっと彼女だけを見つめてきた。


愛しているのだと自覚したのは、もう随分と昔だ。


いつでも手に入れられる距離。
こんなに近いのに触れられない。


彼女が大事すぎて、幼馴染という関係を壊すことが怖かった。
自分の強い想いを彼女は受け止めてくれるだろうか。


怖がらせたり、困らせたりはしないだろうか。


そんなことに躊躇っているうちに、彼女は何度か恋をした。
それは淡いものであったけれど。
相談役として自分を選ぶの無邪気さに随分と傷つき、反対に包み隠さず話してくれる幼さに安心もした。


だが、彼女が他の男に恋をするという事実。
その度に気が狂いそうになった自分がいた。



隣に彼女を乗せて車を走らせながら、そろそろかと思う。



も、もう大人の女性だ。
自分が想いを告げても受け止められるだけの年齢になっていると思う。


いい加減、自分のものとしなければ。
彼女がまた恋をしたら、自分はどうなってしまうのか分からない。



、今度・・・」



信号で車を止めたとき、真田はに声をかけようとして言葉を失った。


ぼんやりと窓の外を見ているの表情は。
真田が今まで見たこともない女の顔だった。


愁いを帯びた瞳で、何を見るでも無しに何かを見ている。
まるで、そこにはないものを見ているかのような瞳。



何を見ているんだ?



何故だか、それ以上言葉をかけられず。
信号が青になるまで、真田は黙っての顔を見つめていた。





「今日はありがとう。お土産も嬉しかった。」
「いや。」



何時ものように運転席の窓を開けての会話。



「じゃあ、」
。今度、お前に話したいことがある。」


「話?今じゃ駄目なの?」
「ああ。今から病院に戻らなくてはならない。それに大事な話だから、ちゃんと時間をとって話したい。」


「分かった。」
「また連絡する。」


「気をつけてね」
「ああ。お前も無理はするな。」



そう告げて。真田は車を発進させた。
バックミラーに映るの姿を見ながら溜息が出る。


なんなのだ、この胸のざわめきは。


特別何があったわけでもないのに、焦燥感が体をめぐっていく。


理由のない苛立ちを抱きながら、真田は病院を目指した。






部屋に戻ったは、さっそく真田に貰った一輪挿しに拾った桜をさした。
控えめな絵柄と透き通るように白い磁器に、薄く色づいた桜の花びらは美しく映えた。



洋の一輪挿しに、和の桜はどうかと思ったが。
想像していたより、しっくり馴染む姿に満足して、は飾り棚に一輪挿しを置いた。



服も着替えずにソファに座って桜を眺める。
また想うのは・・・心を占める、たった一人の男のこと。



一度くらい電話してもいいだろうか。
パーティーの確認だと・・・それならば電話をしても、おかしくないだろう。


ああ、でも駄目。
電話なんて怖すぎる。もしも、冷たい声を聞いてしまったら壊れてしまいそう。



メールなら?



返事が返ってこなければ『契約破棄』の書類を送ろう。
そうすれば、誕生日パーティーに縛られることもない。


忘れたらいい。それが、できるかは分からないけれど。



心を決めて、カバンから携帯を取り出した。
しばらく考えて。女々しくならないよう。非難がましくならないよう。
できるだけ事務的にパーティーの件を確認する文章を打った。



最後まで打って。もう一度、最初から文章を読み直そうとしたとき。
静かな部屋にインターフォンの音が鳴り響き、の体はビクッと弾んだ。



時計を見ると、もう夜の10時をまわっている。
誰だか見当もつかず、は携帯を閉じて恐る恐るインターフォンを取った。



「はい」


『俺だ』



が、ずっと聞きたかった声。


その声が、インターフォン越しに聞こえてきたのだった。




















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