さよならから始めよう 9









「こんな高価なもの、頂けません。」



予想通りの言葉に景吾は肩を揺らし面白そうに笑った。



「たいしたもんじゃない。遠慮するな。」
「でも。・・・それに、私は花を扱うから指輪は」


「しないのか?」



申し訳なさそうにが頷いた。
箱を開いただけで指輪に触れもしない
予想はしていたものの景吾は段々不機嫌になる。



なら、こちらにも考えがある。



「邪魔にならなければ身につけるのか?」
「だから・・・こんな高価なものは。」


「高価じゃない。何なら受け取るんだ?」
「え・・・」



はとても困った顔をして、その後にボソッと「ボールペンとか。」などと小さく言う。
ぶっと、景吾が噴出す。
小学生じゃあるまいに・・・とゲラゲラ笑い出した。



「お前の意見を聞いた俺が悪かった。とにかく邪魔にならなきゃいいんだろ?よし、行くぞ。」



景吾は飲んでいたカクテルを置いて席を立つ。
指輪を掴むとポケットに入れて、まだ唖然としているの手を取って立たせるとエレベーターに向かった。



「どこに?」
「黙ってろ。文句を言うなら口を塞ぐぞ。」



物騒なことを言う景吾には口をつぐむ。
景吾はの手を握ったまま「ボールペンとは傑作だな」と思い出しては笑っていた。





ホテルから外に出て、大通りを大胆に横切っていく。
横切った先には・・・宝石店があった。


そのドアを躊躇いもなく押した景吾は、さっと店内を見回すと目的のものを見つけてを引っ張っていった。


それはプラチナのネックレス。
シンプルなものを一本選ぶと手に取って、の襟元に合わせる。
もう少し・・・長いほうがいいかと、もう一本を手にとって考えている。



「ねぇ、お願い。私・・・本当に何もいらないんです。」
「黙ってろと言わなかったか?俺はここで口を塞いでもいいんだぜ。よし、これだな。」



には一言もしゃべらせずに、景吾はプラチナのネックレスを一本買ってしまった。



また景吾はの手を引いて笑いながらホテルに戻る。
そして今度はラウンジではなく、フロントに行って部屋を取った。





部屋に入るとをソファに座らせて、先ほど買ったプラチナのネックレスを出してくる。
相変わらず困り顔のを横目に指輪を出すと、プラチナのネックレスに指輪を通してしまった。



「おらよ。こうして首にかければ邪魔にならねぇだろう。 だが、俺と会うときぐらいは指にはめてくれ。」



の目の前。
プラチナのネックレスに通された花形にデザインされたダイヤモンドリングが揺れている。



「指のサイズは・・・?」
「お前、細いからな。7か8だと思ったんだが。」


「当たってる」
「だろ?」



景吾がまた屈託なく笑った。



が俯いて頭を横に振る。その様子がおかしい事に景吾は気づいた。


おい、どうした?と、を覗き込めば。彼女は自分の顔を両手で覆った。
ソファに座る彼女の前に跪いて肩に触れたら、小刻みに震えているのが分かった。



?」
「ご・・めんなさい。やっぱり貰えません。」


「お前、泣いているのか??」


「もう・・・駄目です。別れて・・ください。」



景吾は言葉を失った。
一瞬、言葉の意味が分からずに・・・言葉を反芻してしまう。



「お前、言ってる意味が分かってるのか?何故だ?」


「私・・・あなたが指輪を贈ってきた沢山の人に嫉妬してるんです。
 女性の指に触れるだけで・・・サイズが分かってしまう。そんな、あなたが辛いんです。

 私は、あなたの相手ができる女じゃない。
 深みにはまればはまるほど・・・あなたが嫌う女になってしまう。

 あなたを好きになればなるほど。心が汚れていく。だから・・・」



「お前、俺が好きなのか?」



思いもしない質問にの言葉が止まる。
いきなり両頬を包まれて、力ずくで視線を上げさせられた。



「本当に。俺を好きになったのか?」



もう一度。真っ直ぐ、景吾に見つめられ問われた。


頷けば・・・本気になった女など切り捨てられる。
それぐらいのことは分かっていた。



それでも。


は、僅かに頷いて目を閉じた。



・・・終わる。




だが。いくら待っても、景吾から別れの言葉が返ってこない。
景吾の手は両頬を包んだままだ。


彼はどんな表情をしているのだろうと、そっと目を開けようとしたら。


唇に吐息を感じた。
そのまま優しく重ねられる唇に驚いて、身を引こうとしたら首の後ろを支えられて逃げられなかった。


何度も重ねられる唇は。
あまりに穏やかで。優しくて。


はいつの間にか抵抗も忘れて景吾の胸に縋っていた。


繰り返されるキスの合間に吐息の囁きが落ちていく。





別れないぜ。


嫉妬でも何でも、すればいい。


俺が好きだから・・・するんだろう?


なら、いいさ。


いいか。俺は、別れない。





一度、ぎゅっと強く抱きしめられて。そのまま、ふわっと抱き上げられた。
向かう場所は、ひとつ。





二人がひとつになれる場所。










の寝息を確認してから。
景吾はベッドを抜け出して、ソファーの前に落とした指輪を拾った。


ネックレスに通ったままの指輪を外して、彼女のもとに戻る。


寝ているの細い指をとり、起こさないよう慎重に指輪をはめていく。
左手薬指の根元まで、しっかりはめてやって。


ふ・・・と瞳を和らげた。





計算できない純粋な女は怖い。
駆け引きができない代わりに、心そのままでぶつかってくる。


偽りも。虚勢もない。
心のままの言葉に、こんなにも揺さぶられるのは何故だ?


こんなにも惹かれて。
こんなにも愛しいと思わせる。



恋愛の絶頂期に、女から別れを切り出されたのも初めてなら。
別れたいと口にした女に『別れない』と答えたのも初めて。


これだけの想いをこめて指輪を贈ったのも初めてだ。


初めてばかりの恋。



心のどこかで。
これは、ただではすまない恋になるかもしれないと、景吾は思う。


だが思ったところで、どうということはない。
先のことまでは考えられないが、とにかくを離したくない。



指輪が輝く左手にキスをすると、再びベッドに潜り込んでの体を抱きこんだ。



夜が明けるまで、まだ随分とある。
目を閉じれば、すぐに安らかな眠りが訪れた。



その翌日から。


の襟元からは、プラチナの細いチェーンが見えていた。
トップにはダイヤモンドのリングが通されている。


景吾に会うときは、左手の薬指で煌く指輪。
それを認めるたびに、景吾は満足そうに瞳を細めた。










『もしもし。景吾?』
「体調はどうだ?学校は行っているか?」


『相変わらず。梅雨時は毎年調子が悪い。ねっ、それより。最近、家に帰ってる?』
「帰ってる。」


『嘘。携帯に電話しても繋がらないし。家に電話したら、渡邊さんがまだ帰ってきてないって教えてくれるもん。』
「仕事が忙しいから深夜に帰ってるんだ。」


『それも嘘。朝、着替えに帰ってきてるだけでしょう。』
「それも渡邊か?口の軽い執事だな。」


『新しい恋人?泊まるのはしないんじゃなかったの?本気なの?』
「お前・・・そんなこと言うために、わざわざ電話してきたのか?もうすぐ会議なんだ。切るぞ。」


『待って!まさかと思うけど・・・あの人じゃないよね。』
「あの人?」


『誕生日に来てた人。』
「そうだといったら・・・なにかあるのか?」


『・・・本当に?嘘でしょ?』
「予想に反して長続きしてるんだ。このまま続いたら、ギネスブックにでも申請するか?
 じゃあな、切るぞ。薬は、しっかり飲めよ。」


『景吾』





まだ何かしゃべっていたが電話を切った。


まったく。人の恋愛を根掘り葉掘りと。
色恋沙汰に興味のある年頃か。と、ひとり納得して。


景吾はデスクの書類をまとめて席を立った。



電話の向こう。


保奈美は携帯を握り締めたまま、あの日一度会っただけのの姿を思い出していた。


確かに綺麗な人だった。
透明感があって、清楚で、もともと持っているものが美しい人なのだと思った。


だけど、派手さや華やかさはない。
今まで景吾が連れていた女性とは明らかに違うタイプだった。


あんな人、すぐに厭きると思ったのに。
思ってから。・・・ううん、違うと呟く。



本当は気づいていた。



嘘の発作は薬を飲むことで片付けられて、せっかくだからと連れて行かれた跡部邸。


自分のためにコーディネートされたテーブルは言葉を失うほどだった。
玄関から廊下。ディナーが用意されている部屋まで。
ポイントポイントに、あたたかい色合いの花が飾られていた。


照明に包まれて、柔らかく咲く花は。
の心遣いと優しさが感じられて、あたたかい。


テーブルの上にも、花が飾られて。
食器、ナプキン、花。


どれもこれもが優しい調和を紡ぎだしていた。



景吾は何も言わなかったが、とても穏やかな目でテーブルを見つめていた。
言葉にはしなくても、景吾が彼女を想いながら見つめているのが分かる。



そこに、執事がカードを持ってきた。
彼女が置いていったものだという。
さっと・・目を通すと、景吾は保奈美にカードを渡し「すぐ戻る」と席を立った。



あの人に電話するんだ・・・。



また胸が苦しくなるのを感じながら開いたカードには、美しい万年筆の文字が並んでいた。



『お誕生日おめでとうございます

 素晴らしい一年でありますように。
 たくさんの幸せと喜びに包まれますように』



保奈美はくしゃとカードを握りつぶすと、小さなカバンにねじ込んだ。



涙が出てきた。
心の綺麗なあの人に、腹が立ってしょうがなかった。



「嫌い・・・」



小さく呟いて涙を拭ったのが4月の終わりだった。





やっぱり、あれからも続いていたんだ。


景吾にとって、あの人が特別になってしまう。



保奈美は気が狂いそうになりながら、携帯を握り締めたまま涙を流した。




















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