子供の頃から雨が好きだった。
雨の日は窓辺に座り込んで、あきもせずに外を見つめているような子供。
雨の匂いも。白くくもる景色も。跳ねていく雨粒も。纏わりつくような重い空気でさえも。
私はとても好きだった。
雨は日常とは違う感覚を私に与えてくれる。
静かに響く雨音に耳を傾けて目を閉じると。
どこか違う世界にいるような。そんな感じがする。
それが。私にとっての雨だった。
Secret of my heart 〜雨〜
車に乗ってエンジンをかける。
フロントガラスには雨だれが流れて景色が歪んでいた。
シートベルトを締めながら、チューナーを調整する。
明日は男子の試合が入っている。気になって。明日の天気予報を探していた。
コンコン。
助手席側の窓を叩く音がした。
顔を上げたときには、勝手に開くドア。
するっと体を滑り込ませてきたのは・・・
「跡部君っ、ちょっと。なに、勝手に」
「傘、忘れたんだよ。」
車内に一瞬、流れ込んでくる雨音と雨の匂い。
ドアを閉めてしまえば、彼と私・・・二人だけの空間になってしまった。
私の方はチラリとも見ずに、ブレザーの雨を軽く払う仕草を見せる彼。
彼の濡れた前髪からは雫が落ちていた。
夕方から降り始めた雨で早々に部活は解散していたはずだ。
外はすでに闇が広がり始めている。
シートベルトを外すとハンカチを出して、彼の顔を覗き込むようにして額の雨を拭った。
触れた皮膚が冷たい。
「いつから外に?」
「お前がさっさと出てこねぇからだろ。」
拭っていた手が止まる。
この雨の中・・・私を待っていたと言うの?あなたが?
いつも自信たっぷりで弱いところなど見せない彼。
プライドが高く。けれど、それを支えるだけの力も持っている。
そんな彼が。冷たい雨に濡れながら、私を待っていたという。
「バカね。」
胸がいっぱいになって声が震えそうだった。それを押さえ込んで、誤魔化した言葉。
「確かにバカだな。」
「跡部君・・・。」
「でもバカにしたのは、お前だ。責任とって貰うぜ?」
「責任?」
「このままじゃ風邪ひいちまう。お前を抱かせろよ。」
助手席に乗り込んできてから、初めて彼が私を見た。
瞬きも忘れて彼の目を見つめる。
からかいや冗談の色は、ひとつもない。
ただ恋をする少年の情熱だけが瞳に浮かぶ。
屋根をうつ雨音と低く響くエンジン音。
雑音の混じるラジオ。
他には何もない。
秘密を隠すカーテンのように。
強くなってきた雨が、すべての窓を隠してくれる。
「それは・・・できな・・」
「拒否は出来ないぜ?」
「でも・・・」
「お前は俺を乗せてしまったから。そこでもう、お前は俺を拒めないんだよ。」
これだけは譲れないと思っていた。
勝手な心のハードル。
キスは許しても。それ以上は、受け入れないと心に決めていた。
そうしないと、彼も私も。別れるときの傷が深くなる。
綺麗に別れたいと、我儘な希望を抱いていた。
美しい思い出として彼の心に残りたかった。
生々しい女としての私を彼の中に残すのが嫌だったのかもしれない。
触れ合ったなら。流す涙は増えるだろう。
失うときには、身を引き裂かれるような痛みを覚えるだろう。
綺麗な思い出では終わらずに。
深く傷を残すだろう。
きっと・・・忘れることなどできなくなるだろう。
それなのに。
雨に冷えた体を温めて。
一枚の毛布に包まって額を寄せ合う。
愛しい彼を腕に抱けば、雨の匂いがした。
「・・・」と何度も呼ぶ声が。
心に。体に、染みこんでいく。
『景吾』と心の中だけで呼ぶ。
愛しい君の名前。
口には出来なくても・・・いつも心で呼んでいる。
雨は明日の昼まで降り続ける予報だ。
雨が上がるまで。
今ひととき。
抱きしめて。
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