『景吾・・・抱いて?』
初めて、名前を呼んで。
初めて、抱いて欲しいと口にした。
最後だから。
Secret of my heart 別離
一瞬、瞳を大きくした彼。
次には口元を緩めて、手を伸ばしてくる。
触れれば火傷しそうに熱い手のひら。
すべてをゆだねて目を閉じる。
あなたのすべて。全部全部、私の体に・・・心に刻みつけて?
景吾。あなたを心から愛してる。
初めて出会ったのは、職員室を出た廊下。
視線に気づいて振り向けば、学生服姿のあなたが私を見ていた。
その視線は不躾なほど強く、真っ直ぐで。
私は慌てて目をそらせた。
あの日から。熱い視線が、ずっと私を追っていた。
息苦しいほどの熱。いつしか、それに飲み込まれていく。
それでも、心は隠して。平気な顔をしていたつもり。
テニスの試合で『賭け』をしようと言ったのは、あなた。
それにのったのは、私。
賭けは・・・私の完敗だった。
やっと、手に入れた。お前は、俺様のものだ。忘れるな。
あなたの声に、私の心は震えた。
怖かった。けれど、歓喜にも震えていたの。
傷つくことを知りながら進む道。
先には、ひとつの終わりしかないのも知っていて。
それでも、想いの泉に身を投げた。
教師と生徒。
許されるはずもない恋が始まった。
この学校に来て、もうすぐ半年が過ぎる。
恋をして・・・もうすぐ一つの季節が終わる。
幕を引くには、ちょうどいい。
今を逃せば。綺麗な別れは望めそうもないから。
「おい。来週末、あけとけよ。」
ワイシャツに袖を通しながら、背を向けたままの彼が言う。
「無理よ。」
「ああ?俺があけろと言ったら、あけるんだろうよ?」
「無理。」
「俺様より大事な事があるとでも言うのか?」
「・・・私。来週には、日本にいないわ。」
「どういう・・・意味だ?」
振り返った景吾が眉根を寄せている。
なにか、彼にも予感があったのかもしれない。
さあ。言うの。私の最後の嘘を。
「跡部君。もう遊びは終わりよ。私、結婚するの。」
「ケッコン?」
小さく口の中で反芻する姿に心が鷲づかみにされる。
けれど、ひるまない。
これが、あなたの未来に繋がる・・・私の選択だから。
「来週で契約が終わる。そしたらすぐに、彼の待つアメリカに発つわ。」
「彼?なんだ・・・それは?俺は聞いてない。」
「言う必要ないでしょ?お互い、遊びだったんだし。でも、もうおしまい。」
「遊び?本気でいってんのか?」
「楽しい火遊び。スリルがあって良かったでしょ?」
「っ!」
大股で近づいてきた彼が、私の襟元を掴んだ。
叩かれる。そう思って、目を閉じた。
それぐらいの覚悟は出来ている。
だが、いつまでたっても衝撃がこない。
うっすら瞳を開けていくと。
耐えるように私を見つめている、傷ついた瞳があった。
こんな時なのに、綺麗だと見惚れてしまう。
その澄んだ瞳に哀しみと怒りを映して・・・彼が私を見下ろしている。
イタイ。痛くて・・・今すぐ抱きしめたい。
けれど。
「さようなら。跡部君。もう・・・終わりよ。」
襟元を乱暴に引き寄せられて、そのまま噛み付くようなキスをされた。
唇に感じた痛み。それでも、彼の好きなようにさせた。
始めたときと同様に、乱暴に引き剥がされて。
そのまま体はベッドに突き飛ばされた。
チッ・・・と舌打ちしながら、自らの唇をワイシャツの袖で拭う彼。
鉄の味がする。彼は私の唇を噛んだのだろう。
「んな女だとは思わなかったぜ。」
氷のような瞳で呟いて。
彼はブレザーと荷物を手にドアに向かう。
突き飛ばされたベッドから身を起こし、私は彼の背中を見送った。
もう少し。もう少しだから・・・泣いては駄目。
潤んできそうな瞳を、瞬きで堰きとめる。
ドアノブに手をかけて、背中の彼が言った。
「じゃあな。」
背を向けたまま去る愛しい人。
ドアは自然に閉まっていく。
彼の背中が、だんだん閉まっていくドアに消えていく。
サヨナラ。
大切な人。
傷つけてごめんなさい。
祈ってる。どこにいても・・・あなたの幸せを。
あなたが幸せでいてくれたなら。私も、きっと幸せだから。
こんなに誰かを愛すること。もう、二度とないでしょう。
自分より、誰より。あなたを守りたかった。
祈るように。捧げるように。あなたを愛した。
出会った時から、終わりがあると知っていて。
愛して。愛された。
それで・・・いい。
流れてくる涙を拭いもせずに、窓の外を見た。
36階から見る夜景は。
宝石箱をひっくり返したような美しさだった。
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