ただ、愛しい。 5 『距離』
職場の同僚に映画の招待券を二枚貰った。
それもグロいと評判になっているホラー映画だ。
貰ったはいいが趣味じゃないからと譲ってくれたが、俺なら見るだろうと思われているのも複雑だ。
ま、タダなら見てもいいかな。
けど他にこんなの見ようと思う友人はいただろうかと考えて、たった一人が浮かんだ。
「で、なんで私?」
突然に呼び出したは不機嫌極まりない顔でミルクティーに口をつける。
コーヒーが苦くて飲めないとは初めて知った。
ビールの苦みは好きなくせにと心の中だけで思う。
「海堂を誘おうかとも思ったんだけど、アイツは苦手そうだなと思ってね。」
「あんな怖い顔をしてるのに?」
「怖い顔とは関係ないだろう。ああ見えて繊細なんだ。」
「じゃあ私は繊細じゃないと?」
「いや、なら楽しんで見てくれるかなぁと。」
は本気で嫌そうな顔をしたものの、結局は俺の後ろについてきた。
ここ最近、色々と理由をつけては二人で会っている。
時間が空いたからと飲みに誘ったり、誘われたり。
家が近いのも気楽に呼び出せる理由だ。
「あ、悪い。この前に借りたDVDなんだけど、まだ借りててもいいかい。まだ見てないんだ。」
「いいわよ。もう見てないし。私も借りた本をまだ半分も読めてないの。」
「構わないよ。あげてもいい。」
「そう?ならゆっくり読むね。」
他愛ない話の中にも最近の距離が近くなっているのを感じる。
それは、くすぐったい感覚だ。
薄暗い映画館に入って、当然のように並んで座る。
客は半分ぐらいだろうか。
「びっくりした。お客さん多いのね。」
が顔を近づけ小さな声で話しかけてくる。
ふんわりと甘い香りが鼻先をくすぐり、鼓動が跳ねた。
マイッタなと内心で思いつつも、平静を装い相槌を打つ。
「まぁ世の中には図太い人間が多いってことだよ。」
ドリンク片手にの耳元に囁いた。
すると弾かれたようにが俺から離れた。
とは言っても座っているから、体が逃げてるだけだったけど。
「なに?」
「い、乾・・・耳元で話さないでよ。」
「ええ?」
「無駄にいい声して」
言いにくそうに呟いてが視線を逸らす。
彼女の白い指が耳を抑えている事に気付き、ああ・・と納得した。
「くすぐったかった?」
冗談で言ってみたのに、思いっきり肘打ちされてしまう。
脇腹の痛みに苦しんでいると館内が暗くなって映画が始まった。
映画は三分に一度の絶叫との前評判どおり、畳みかけるような恐怖映像の繰り返しだった。
だがあまりに多いと見てる方は飽きてくるというか食傷気味。
途中からは『このシーンはどうやって作るんだろう』などと違った視点で見てしまう。
それにも飽きたので、真剣な顔でスクリーンを見つめるの表情を観察することにした。
白い光りに照らされる横顔は綺麗だと思う。
顎から鎖骨にかけての華奢な作りには見惚れてしまう。
あの頃、なんでこの美しさに気付かなかったのかと不思議なぐらいだ。
甲高い悲鳴が響き、激しい効果音が鳴る度には肩をビクつかせて怯える。
怖そうに目を閉じては、恐る恐る目を開き口元を押さえる震える指。
その仕草がすごく可愛らしく思える。
俺は座席の肘掛けに頬杖をついて、の顔ばかり見ていた。
そんなに怖いのなら見なきゃいいのに。
好奇心旺盛な君は最後まで確かめずにはいられないのかな。
どうしよう・・・潤んだ瞳が可愛いな。
俺に手を伸ばしてこないだろうか。
咄嗟にでも俺の手を掴んでくれたら、安心させるように優しく握り返してやるのに。
守るように肩を抱き寄せたなら、どんな顔をするだろうか。
段々と傾いていく気持ちは自覚済み。
ただ君の気持ちが分からない。
だからもう少しは友達のフリをしよう。
触れられそうで触れられない、この微妙な距離もじれったくて心地良い。
捕まえる時には二度と離さないぐらいの気概がなくちゃ、大切な友達を失くす意味がないから。
どうしよもなく欲しくなるまで、もう少し・・・この距離でいよう。
明るくなる館内に誰ともいえない安堵感が広がる。
疲労の色がありありと見えるが力なく溜息をついているのが可笑しい。
「面白かったね。」
俺が笑いを堪えながら感想を述べれば、が悪魔でも見る様な目で俺を見る。
その表情が可笑しくて、ついつい意地悪をしてしまうんだ。
「なんだ、は怖かったんだ。」
「こ、怖くはないけど面白くもないっていうか。」
「それにしてはビクビクしてたじゃないか?」
「なんで」
「俺、暇だからを観察してたんだ。」
顔色を変えたが手を振り上げた。
手が早いのは考えものだなと思いつつ、軽く避けて更に怒りを買う。
周りから見ればジャレているような俺たちは、ああでもないこうでもないと言い合いしつつ映画館を出た。
ただ、愛しい。『距離』
2008/03/01
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