ただ、愛しい。9 『遅ればせながら』













自分がこんなにも嫉妬深いとは、いまの今まで知らなかった。


まずは香水を贈った男がいるのにムカついた。
おまけに貰った香水を簡単に身にまとっているの迂闊さにも腹が立つ。


女性に香水を贈って下心のない男っているのか?
俺がに香水を贈ったとして・・・
次に会った時にその香りを身にまとっていたら間違いなく抱いてしまうだろう。


香りは官能的な表現なのだと説教してやりたいぐらいだ。


加えて頭にきたのは、俺と飲んでいるのに後輩・・・それも男に会いに行くという。
恋人でもないのにと呆れるが、ちょっとソレはないだろうと思う。


ここにきて俺は一つの推測に眩暈を感じた。



俺は大真面目にタダの男友達なのか?



雨の夜にを捕まえた時、俺には予感があった。
も俺に惹かれているんじゃないか?俺たちの間に友情以上のものが育っているんじゃないかと。


そうじゃなくても最近の俺はギリギリだ。
の表情、声、ちょっとした仕草にも男の部分が騒ぎだす。
再会した夜に一度だけは俺の部屋に泊まったが、次があったら無事では帰せない自信がある。





ここまで俺はキテるのに、どうしてくれる。





そんな思いも手伝って、俺は我儘な子供よろしくの手を掴んだ。



『行くなよ、



真剣な顔の男にそう告げられて、何か感じなかっただろうか。
ねぇ、。ふたりきりになったら、問い詰めてやりたいと思う。



「へぇ〜乾さんって、さんの同級生?
 もっと年上なのかと思ったっていうか、さんが若く見えるからか」


「失礼ね。若く見えるんじゃなくて、若いのよ」
「俺より上なんて見えないもんね。めちゃくちゃ可愛いもん、さん」


「はいはい。おだてても高級料理は出てきませんよ」



軽く受け流すと、馬鹿みたいに笑ってばかりいる後輩君。
名前は何だっけ?覚えるのも不愉快だ。


そりゃ行くなとは言った。
だが、ココに呼べとも言ってないだろ。


溜息をつきそうになって、ビールで流しこむ。
なんかもう俺って何なんだとイライラする。



ふたりが仕事の話を始めたら俺の出る幕はない。
を挟んで左右に俺と後輩君。気付けばは後輩君の方ばかりを向いている状態。
時々俺を気遣って話を振ろうとしてくれるのが、かえって空しいぐらいだ。


帰ろうかなと思う。
だが、この図々しい後輩君のもとにを残していくのも躊躇われる。
うっかり食われてしまったなんてことになったら悔やみきれないから、意地でも耐えてを連れて帰らなくては。



仕方なくタバコに火をつけた。
は嫌うけど、そんなものに構っていられない。



「あ、乾。タバコは駄目だって」
「最近はストレスが多くてね。当分は禁煙なんて無理」


「もう。健康に良くないんだって」
「口寂しいのさ」



が後輩君と話してばかりだから。
ココロの中だけで付け加え、ふとのピアスに目が留まった。
小さな石がスイングする繊細なピアスに彼女の柔らかな髪が引っ掛かっている。



、髪が」



なんとはなしに手を伸ばし、絡まった髪に指を通して彼女の耳にかけてやる。
肩をすくめるようにしてギュッと目を閉じた
次には開いた瞳を丸くして、一瞬で頬を赤く染めあげた。



おや、と思う。



「あ、ゴメン。くすぐったかったか」
「突然だったから吃驚したのよ!もう乾って・・・もうっ」



真っ赤な頬を膨らませるが可愛い。
せっかく髪を耳にかけてやったのに、手ぐしで乱すを微笑ましく見つめる。
すると横から若干低めの不機嫌な声が割って入ってきた。



「あの〜、ひょっとして俺ってお邪魔だったんですかね?」
「え?あ、いや。ち、違うの」


「違わない」



俺は口の中でボソッと呟く。
ほらほら、後輩君。社会人は周囲の空気を読んで的確に行動しろよと胸の中で説いた。










「もう乾の馬鹿!!酔っ払い!!」



トボトボと去っていく後輩君を見送って、が俺に咬みつく。
俺としては邪魔者を蹴散らしたような満足感があるのだが、はそれどころではないらしい。



酔っ払った俺がふざけ過ぎたとでも思っているのだろうか。
だとしたら彼女の鈍感さはスゴイ。



「そんなに酔ってないよ」
「嘘よ!私たちが話してる間も飲み続けてたじゃない」


「話に入っていけなかったんだから仕方ないだろ?腹はイッパイだし。タバコは駄目だって言うし」
「だから言ったのに。あの時に別れていれば・・・」



繁華街の歩道でする言い合い。
確かに少しは酔っているけど、物事の善し悪しが判断できないほどではない。
目の前のは本気で怒っていて、それを見ていたら段々とコッチも腹がたってきた。


から視線を外すと胸のポケットに手を入れる。
嫌がるのを承知でタバコ取り出すと、軽く振って出てきた一本を口にくわえた。



「乾、タバコは止めてって」
「外なんだから君に匂いはつかないよ」


「そうじゃなくて。体に悪いから言ってるの」
「怒ってるのに心配してくれるんだ」



意地悪く笑ってタバコに火をつけると、整ったの眉が僅かに上がった。
美人は怒っても綺麗だ。この状況でそんなことを思うのは、やっぱり少しは酔っているのかな。



「乾が悪いのよ?なんか意味ありげに振舞って。彼、完全に誤解したわ」
は誤解されて困るんだ」


「困るって・・・」
「後輩君が好きなのかい?」


「どうしてそうなるのよ。今日の乾、なんか変だよ?どうしたの?」



この期に及んで心配そうに俺を見上げてくる君。
俺が変になった元凶は君だ。男の嫉妬は醜いと頭では分かっているのにね。



「口寂しかったんだ」



火をつけたばかりのタバコを足元に投げた。
闇の中にオレンジ色が転がるのを目で追い、が文句を言おうと口を開く。



俺の中で何かが切れる音がした。



力加減もせずに肩を掴むと、もう片方の手を感触のよい髪の中に突っ込み引き寄せる。
小さな悲鳴など聞き流し、俺は薄く開いた唇を目指して顔を傾けた。



ファーストキスにしては激しいものだった。
は暴れるし、触れるだけなんて生易しいキスではすまない。
むさぼるように唇を重ねて、気付けばの体が仰け反って空を向いていた。



やっと離した唇。
段々と合う焦点に、お互いが荒い呼吸のまま視線を合わす。





シマッタ、泣かせた。





思った時には左頬を思いっきり叩かれた。



「馬鹿!!」



は身をひるがえして駆けていく。
一呼吸を呆けた俺だったが、このまま帰すわけにはいかないと追いかけた。



頬が燃えるように痛む。



、待てって」



ヒールで走るに追いつくなど造作もないこと。
掴めば指が余るほど細い手首をつかみ、無理やりに引きとめた。



「離して」
「離したら逃げるだろ」


「乾が変なことするからでしょ!!」



言って、また暴れる。
ああ、マイッタな。どうすれば分かってもらえるんだ。
今夜はこんな予定じゃなかったのにと頭を抱えたくなる。



「変なことじゃないだろ?」
「へ、変よ。友達が・・・友達がすることじゃない」



がボロボロと涙をこぼしながら吐き出すように言った。
こんな時になんだけど、黒くて長い睫毛が涙に濡れて色っぽい。
言いがかりかもしれないが、そんなにイイ女になって現れたがいけないんだよ。


観念した。
俺はの体から手を放すと、勢いよく頭を下げた。
突然のことには逃げることも忘れているのか動かない。


今更だけど昔馴染みの君に向って告げるのが酷く恥ずかしくて顔が見られない。
だから俺はのヒールを見ながら一気に言った。



「友達から恋人に昇格させてくれ」



息を止めて答えを待つ。
頬は痛いし、鼓動がドクドクと聞こえてくる。
なのに視界に映るのヒールは固まったように動かなかった。



暫し待って
痺れを切らした俺が顔をあげるとが両手で口を覆い泣いていた。



?」
「馬・・鹿」



何度目とも知れない馬鹿を言われて俺が眉をひそめると、が穏やかに目を細めて泣きながら微笑んだ。



ヨカッタ。
の笑顔に全身の力が抜けて、叩かれた頬が更にジンジンしてきた。
だけど、とりあえずは。



「昇格は認められたと思ってもいいのかな?」
「そういうことは・・・行動を起こすより先に言ってよ」


「そうか。そうだな、ゴメン」



お互いが思わず笑う。


そっと伸ばした手。
俺の手が肩に触れても、今度こそは暴れなかった。
それどころか綺麗な瞳で俺を見上げ、ぎこちなく俺の胸に身を寄せてくれた。
柔らかく温かな体を壊れ物のように抱きしめ、ちょっと気に入らない甘い香りを胸一杯に吸い込む。



「遅ればせながら・・・君に恋をしたよ」



出会ってから随分と経った俺たちだけど。



『私も』



そう耳元で囁かれた彼女の声は、初めて聞く恋人の甘えた声だった。




















ただ、愛しい。『遅ればせながら』 

2009/04/20




















戻る     テニプリ連載TOPへ     次へ