月とすっぽん 3










忙しいとの宣言どおりに、景吾の姿をまったく見かけなくなった。
もともと学部が違うし、卒業を前にした四年生が出てくることも少ない。
内定の取れていない私が大学に足繁く通っているだけで、景吾と会えなくても不思議はなかった。



「で?連絡取ってないんか?」



どう見ても、ふざけてるとしか思えない丸メガネを押し上げて忍足が聞いてきた。
駅で声を掛けられ、お茶でもしようと誘われたのはファミレス。
ドリンクバーで居座ろうとする庶民的な忍足に肩の力も抜けるというものだ。



「うん。もともと景吾は用事がある時しか連絡してこないから」



メールも電話も、私がしないと音信不通になるのが常だった。
とにかく面倒くさがり屋の景吾だから、メールをしたって返信は何分の一ぐらいしか返ってこない。
電話だって直ぐに留守電になってしまい、メッセージを入れたところで無視されるのは日常茶飯事だ。



今に始まったことじゃないよと笑って見せたけど、忍足は納得しない。



「それでもこれまでのやったら百でも二百でもメールしたり、電話したりしてたやろ?」
「そこまでしたら着信拒否されるよ?何度かされたことあるし」



『お前はストーカーか?警察に訴えるぞ』と脅されたこともあったっけ。



「俺が言うてんのはそんなことやない。お前、分かってるか?」
「うん?」



軽くかき混ぜたメロンソーダから透明の泡が浮かんで弾ける。
その美しさをストローで吸う私に忍足が言った。



。お前、諦めきった顔してる」



忍足はヘラヘラしてる割には勘が鋭くて、あの景吾でさえ警戒していた。
油断してると何気に先回りされたりして、無性に腹が立つと愚痴っていたほどだ。


だから会いたくなかったのになぁと後悔しても、後の祭りだ。



だってねぇ、忍足。私だって大人になったのよ。
ずっと景吾の傍にいて、だんだんと彼の置かれている立場とか家とか、色々なことが分かってきた。


私だって馬鹿じゃないんだから。
ただ好きってだけで、ずっと景吾の傍にいられるもんじゃないって知るのに時間はかからなかった。


だからね、決めてたの。どうしようもない時がきたら、きっぱり諦めようって。
そのかわりにね、ここまでと思う日がくるまでは思いっきり景吾を好きでいようって。


私の方が何百倍も景吾を好きだから。景吾の方が振り回されて苦労したと思う。
ああ見えて景吾は世話好きのお人よしだから、追いかけてくる者は振り払えない性格なんだ。


私が諦めたら終わる。
そういう付き合いだったから、もういいの。



「なぁ、すっぽんなんやろ?お前らしくない。どうしたんや?」



忍足が真顔でそんなことを言うから、つい笑ってしまった。
どいつもこいつも人をカメ呼ばわりするのは、どうなのよって。


忍足にはドリンクバー代を奢ってもらい、駅で別れた。
途中からは卒論や就職の相談にのってもらい、景吾のことはうやむやにできた。



それにしても就職が決まらない。
この際は保険のセールスレディにでもなろうかと思ったりする。
あの跡部景吾を強引にカレシとした私だから、きっと保険の勧誘も得意だと思うの。
就職できたら、まずはボケてるジローちゃんか宍戸から勧誘しよう。


そんなことを考えながら、気づけば景吾と会わなくなって一カ月が過ぎていた。



やっとこぎつけた面接だった。
隣の人と大差ないリクルートスーツに身を包み、ちっとも慣れない緊張感に身をすくませる。


こんな時は景吾に初めて告白した日のことを思い出す。
あの時は心臓が口から出ちゃうんじゃないかと思うほど緊張した。
膝がガクガクして地面が揺れてるみたいにだったのに、景吾が「ムリ」と二語で断ったりするから怒りで震えが止まった。


震えるほど純な乙女の恋心に対して、それかいって。
二度目、三度目と何度も告白したけど、その度に緊張して泣きそうだった。


「付き合えない」「タイプじゃない」「うっとおしい」「しつこいぞ」と散々な断り文句を浴びせられた。


なんだか意地にもなって告り続けた私だけど、一度だっていいかげんな気持ちでは想いを告げていない。
考えると就職試験とも通じるものがある。
だったら心から願って立ち向かえば、いつかは内定がもらえるのだろうか。



自分で自分を励ましていると、マナーモードにしていた携帯が震えはじめた。
カバンに手を突っ込み、ちょっと遠慮がちに確認すると跡部景吾と表示されている。


気が動転した私は「ト、トイレに」と呟き、カバンを手に待合室を飛び出していた。
トイレに向かいながら慌てて携帯を耳に当てる。



「けい・・」
『遅い!!なにしてんだ?』



久々の怒り声。うわ〜、懐かしくて泣けちゃうよ。



「なにって。今ね、面接を受けるところなの」
『ああ?面接って何のだ』


「就職だよ」
『はぁ?』



人気のない廊下は声が響く。
こっちは声を潜めて足早にトイレへ向かっているのに、電話の向こうの景吾は声がでかい。



「あのさ、用事は何?急ぎじゃなかったら、あとで」
『今すぐ俺の言う所に来い。電車なんか使うなよ。急いでんだからタクシーだ』


「はぁ?」



今度は私が大声を出した。




















月とすっぽん 3 

2011/11/07




















戻る     テニプリ連載TOPへ     次へ