月とすっぽん 〜過去編〜











すっぽんのごとく、しつこく俺を追いかけまわしてきた女と付き合い始めて半年。
特別に可愛いわけでも、付き合ってメリットのある家柄でもない。
あまりに鬱陶しいから付き合ってやっただけで、つまりは気まぐれのようなものだ。


そのうちに向こうから別れ話を切り出してくるだろう。
そう思っていた。



「景吾!!」
「ああ?勝手に呼び捨てすんなって言ってるだろうが」



遠くから飛び跳ねて手を振るが、嬉しそうに駆けてくる。
昇降口には女子も多く、の大声に周囲の人間が振り返って顔を顰めた。


ふと足元の緑が目につく。
パタパタと安っぽいスリッパの音が、放課後の廊下に響いた。


またか・・と内心で舌打ちする。



「お前、そのスリッパは何だ?」
「えっと、お昼休みにトマトジュースで上履きが汚れてね
 ほら。紙パックって、強く押すと勢いよくピュ〜って出るじゃない?それそれ」



微妙に考え考え喋ってることに気付いてねぇのか?
それに学園の自販機にトマトジュースなんか無いだろうが、馬鹿。
嘘もまともにつけないくせに、俺を誤魔化そうなんざ百年早い。



「相変わらず、とろいな」
「相変わらず酷いよね」



それで汚したとかいう上履きをどこに置いてきたというつもりなのか。
は迷いも見せずに、来客用のスリッパを自分のロッカーに仕舞う。
待っててね、先に行かないでねと俺を気にするの笑顔は明るい。
無理しているようには見えないが、それでも愉快なことではないだろう。


言えばいいのに。
お前が他の奴らからされていること俺は知っているんだぜ?
俺と付き合うと女どもから徹底的に虐められるんだろ?


無視や嫌味なんかは可愛い方だと言ったのは、いつの時の女だったか。
付き合うたびに女たちは同じような目に遭い、俺に細々と言いあげた。
酷い、なんとかしてくれと何度も縋られ、それなりに動いてやったこともあったが
俺が出ていくと更に虐めは陰湿になり、徐々に女たちは疲弊していく。



『もう疲れた』
『なら別れてやるよ』



俺には都合が良かった。
自分から欲しいと思って付き合った女などいないし、別れたところで直ぐに別の女がやってくる。
段々と俺は付き合う女たちの周辺に気を遣わなくなった。


過去は嫉妬にかられて虐める側だったんじゃないかと思えば、そうそう同情する気にもならないし
俺と付き合うということで優越感に浸る女たちにはウンザリしていたからだ。


いつも独りでいると岳人が言っていた。
ジャージが捨てられたり、靴が隠されたりは日常茶飯事。
ひとりだけプリントが貰えなかったり、授業変更を教えてもらえなかったり。
挙げればキリがないと言ったのは、宍戸だった。



『しかたないよ。だって学園のプリンスに付き合ってもらってるんだもん』



ありがとう、心配してくれて。
でもね、大丈夫。私は打たれ強いからと反対に慰められたのだと忍足は溜息をついた。


の明るさは知り合った頃と変わらない。
俺のことが好きだと臆面もなく言い、俺と一緒にいられるのが幸せだと笑う。



「ねぇ、景吾。試験前は部活停止でしょ?一緒に帰ろうよ」
「嫌だね。これから外部のコートに行って練習するんだ」



馬鹿。一緒に帰ったりしたら、また虐められるだろうが。
わざわざ冷たく接してやってんだから考えろよ。



「なら、練習を見に行ってもいい?」
「無理だ。そろそろ迎えも来る」


「なら、せめて迎えの車が来るまで。門まで一緒でもいい?」
「お前なぁ」



人の気も知らないでと段々イライラしてくる。
なのにはニコニコとして言うんだ。



「一秒でも長く景吾と一緒にいたいよ」



屈託なく笑って、眩しそうに俺を見上げる。
俺といるから起こる様々なことを素っ飛ばして、ただ俺と一緒にいたいと嬉しそうに言うんだ。



「お前、本当・・・救いようのない馬鹿だな」



なんで〜と口をとがらせるに手を伸ばし、ぐしゃぐしゃと頭を撫でてやった。
真っ直ぐな奴の髪の毛は、手のひらになじんで素直に落ちていく。
その手触りを気にいっていることなんか、絶対に言ってやらないが。



「でね、倉庫の裏には絶対に仔猫がいると思うの」


「拾うなよ」
「なんで?拾うよ。はやく見つけて、誰か飼い主を見つけてあげなきゃ」



仔猫の心配より、自分の心配しろよ。
正門に向うにつれ、人の視線が多くなる。
鈍感なのか、演技なのか知らないが、はまったく気にしたふうでなく俺ばかりを視界に入れて歩く。



「うちはペット禁止の古いマンションだからなぁ。景吾んちなら」
「俺のところにはデカい犬がいるぞ」


「お部屋の隅でいいから飼ってくれると」
「まだ仔猫も見つけてねぇのに言ってんじゃねぇよ」


「そうだけど。景吾が飼ってくれたら、それを口実にして家に行けるしさぁ」



コイツは・・・まったく俺と別れる気がないらしい。
ぺらぺらと得にもならないことを喋り続ける横顔。


綺麗な顔をした女は山のようにいる。
スタイルのいい女も、頭のいい女も、家柄のいい女だって、俺の周囲には沢山いる。
は『中の中』で、何もかもが平凡な女だったはず。



「あ、もう迎えの車が来てる」



呟くと、門の前に停まっている車を恨めしそうに見つめている
遠慮がちに俺の肘あたりの制服をつまみ、なんとも言いにくそうに小声で囁くんだ。



「もうちょっとだけ、ゆっくり歩こうよ」
「ゆっくり歩く理由がねぇ」


「あ、待ってよ」
「車で送ってやるから、早くしろ」


「本当!?」



肘を掴ませたまま、俺は足を速めた。
バタバタと忙しなく追ってくる靴音に歩くのが遅いと振り返れば、
馬鹿みたいに顔を赤くしてついてくるがいた。



「間抜け面」
「だって、まだ景吾と一緒にいられるんだもん」



えへへ・・・と恥ずかしそうに笑ったは素直に可愛い。
その真っ直ぐな好意を向けられるたび、俺がどんなに気恥ずかしいかも知らないで。



「景吾のおかげで今日は良い日」
「簡単な奴だな」



なにもかもを飲みこんで俺と共にあることを望むお前が、
時々ひどく大切な存在に思えて戸惑うことがある。



けど、まぁ。



「悪くはねぇか」
「うん?」



無邪気に俺を見上げてきたの低い鼻をつまんでやれば、
また情けない声を出して笑った。


ここから先も、ついてこれるなら来るがいいさ。
お前は『すっぽん』らしいから


楽しみにしていよう。




















月とすっぽん 過去編 

2012/05/29




















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