約束 4








乾いた風が日差しの中を吹き抜ける。
テニスコートには、沢山の光を受けて手塚が立っていた。


久しぶりに後輩達にせがまれて部活に顔を出した手塚。
これから海外に羽ばたく手塚に、競って後輩は試合を申し込む。


残せるものは、すべてを。
そう考える手塚は、快く試合を受けていった。


テニスコートの周辺には噂を聞きつけた生徒や教師まで集まり、いつの間にか人垣ができている。
手塚のショットが決まるたび、溜息にも似た歓声が響いた。


は遠くから、目立たぬように手塚の姿を見つめていた。



真っ直ぐに前を見つめる強い視線。
トスを上げる時、空に向かって伸ばされる腕。
離れていくボールを追う鋭い瞳。
全身を使って、力強く打ち返していく背中。



ああ、好きだな。



は両手を握り締めたまま思う。
静かに本を読んでいる彼も好きだけれど、テニスをしている手塚は輝いている。
人に持って生まれたものがあるとしたら・・・彼はテニスを生涯のものとして生まれてきたんだろう。


そう思わせる輝きが彼にはある。


眩しいほどの人。
彼は世界に出て行く人だ。


いずれは日本中、いや・・・世界中の視線を集め声援を浴びる人。



彼は、夢を必ず掴む人だ。



寂しいけれど哀しくはない。
大丈夫。あなたの未来に光りがあるのだから、私だって頑張れる。



手塚君。私に約束をくれますか?
それがあれば・・・私は約束を支えに生きていけると思う。


儚い約束でも。果たされるか分からない約束でも。
それでも信じてみたい。


何ひとつ、先のことを話していない。
約束は・・・私から口にしてはいけない気がするから。
手塚君の重荷になっては自分が許せない。


だから・・・待ってるの。
あなたがくれる約束を。


手塚君が約束出来ないときは・・・その時も。
絶対、笑って彼を送り出そう。
それが、手塚君の答えなら受け入れる。



そう心に言い聞かせて。
はすべての試合が終わるまで手塚を見続けていた。










秋は短くて。
すぐに冬の気配がしてきた。



、寒くないか?」
「ううん。平気よ。」



二人並んで帰るのも、あと数ヶ月。
そんなことは、お互い口にせず、いつもと同じように影を並べて歩く。



留学を決めてからの手塚は更に忙しくなった。
協会側が手配してくれたクラブで日本のプロに混ざって練習をこなす。
ちゃんとしたトレーナーもついた。


英会話にも通い始めた。
もともと英語の成績は優秀だったが、会話はまた別だ。
一つでも不安をなくすよう、スムーズに生活できるための会話を学んでいた。


それに加えて渡米の手続きや準備がある。



だが、どんなに忙しくても手塚はとの時間を大切にした。



『無理をしないで』と、何度もは言ったけれど手塚は受け入れない。



わずかな時間を見つけてはの傍にいた。
1分の時間も逃さぬように。


見つめて。微笑んで。触れて。抱きしめて。


自分の想いをの心に、体に残していくように。





進みだした夢への一歩は、手塚の残り少ない高校生活を奪い取っていく忙しさだった。
その慌しさに流されそうになりながらも、いつものことを考えている。


これから先のことを、何ひとつ具体的に語り合っていない。
それが気になりながらも、何といっていいのか考えのまとまらない手塚だった。


正直に言えば。


『待っていてくれ』と言いたかった。


迎えに来るから。それまで、待っていてくれ。
誰にも心を動かさず、俺だけのことを想って。
ずっと、待っていて欲しい。


だが『いつまで?』と聞かれたら、答える言葉がないのだ。
半年や1年・・・等という簡単な数字でないことだけは確かだ。


胸のうち。数年は必要だと思っている。


その間に、もしも故障でもしてしまったら・・・どうなるか分からない。
一度は肘と肩を痛めてしまった自分だから、不安がないといったら嘘になる。



そんな先の見えない状態で、彼女に『待っていてくれ』と言うのは酷な事だと思えた。
なら『待っている』と言ってくれるかもしれない。いや、言うだろう。


期限も決められない約束で彼女を縛る。


傍にもいられないのに?
泣いていても抱きしめられないのに?


どんなに寂しい想いをさせるだろう。



渡米をやめようか?そんな考えが何度も頭を掠めるほどに悩んだ。
しかし、ここでチャンスを諦めたら・・・いつか悔やむ日が来る。
それは、きっとをも傷つけることになる。



進むしかないんだ。



あとはに・・・どう想いを残していけばいいのか。
彼女にとっての幸せは何なのか。考えなければ。


隣に並ぶ愛しい彼女を見つめては、胸が締め付けられる手塚だった。



「星が・・・綺麗ね。」
「ああ、冬になると空が澄むな。」


「・・・そうね。」



見上げた星が美しいから、は泣きそうになる。



ねぇ、きっと。
手塚君がいなくなっても夜空を見上げてしまうね。



。」
「うん?」



呼ばれて、ニッコリと微笑んで見せる。
は、自分の笑顔を手塚の記憶に残したかった。



「手を・・・繋ごうか。」
「この時間、部活帰りの生徒に会うかもしれないけど・・・いいの?」


「俺は構わないが。は困るのか?」
「ううん。・・・そんなことない。」



手塚の手が差し出されて、の手を簡単に包み込んでしまう。


大きくて温かい手。
小さくて温かい手。


お互いの体温が一つになっていく感覚に
胸がいっぱいになる。


歩けば家が近くなる。
足はどんどん鈍くなって止まりそう。


それでも歩く。
二人は歩いていかなくてはならないから。



「手塚君。」
「ん?」
「・・・ありがとう。」



私を好きになってくれて、ありがとう。
私の気持ちを気遣ってくれて、ありがとう。
ぬくもりを残してくれて、ありがとう。


あなたの全部。ありがとう。





「いや。俺のほうこそ感謝している。・・・ありがとう。」



俺を好きになってくれて、ありがとう。
俺の気持ちを気遣ってくれて、ありがとう。
ぬくもりを残してくれて、ありがとう。


お前の全部。ありがとう。





過ぎていく季節。


約束をしていいものか。望んでいいものか。


二人とも決められなくて、ただ時間は過ぎていく。





分かっていることは。


春には別れが待っているということだけだった。



















戻る     テニプリ連載TOPへ     次へ