約束 5
クリスマスイブは3日後。
街の中はクリスマス一色で、煌びやかな明かりが通りを埋め尽くしていた。
すれ違う人たちの表情も華やいで、慌しい中にも気持ちが高揚する雰囲気。
そんな街の中を、手塚とは寄り添って歩いていた。
駅前の塾に通っているを待っていた手塚が、
ビルから出てきた彼女の手を素早く包み込み『少し寄り道しよう』と囁いたからだ。
「綺麗ね。」
「ああ。」
言葉少なく見上げたファッションビルのイルミネーション。
上を見ている自分の顔に落ちてくる陰に気がついて目を閉じた。
沢山の人が同じように立ち止まる場所で、手塚から重ねられた唇が切なかった。
去年のクリスマス。
図書室で初めてのキスをした。
二人とも、それが思い出されて。
キスのあと見つめ合って、クス・・っと笑った。
時間が止まればいいのに。
手塚の優しさに触れるたび、そう願ってしまう自分の心。
自分から恋人の腕に体を寄せて腕に額をつければ、やっぱり大きな手が頭を撫でてくれた。
この大きな手も。春になれば、どこにもなくなる。
私は独りで立っていなければならない。
泣きそうになって。
甘えてる仕草に見せかけて手塚のコートに顔を埋め、涙を隠した。
そんなの髪を大きな手が、優しく何度も撫でていった。
「どうした?」
「これ・・・いいなって。」
ふらっと入った大型書店の隣にはステーショナリーの店があった。
フロアー続きの店に足を向けたが、何かに気をとられているのを見て手塚が声をかける。
手元を覗き込めば皮のブックカバーが並べられていた。
手塚はひとつ手にとって手触りを確かめる。
しっくり馴染んで、いい感じだ。
「洒落ているな。」
「前からブックカバーが欲しいと思ってたの。しおりもついてて便利だし。」
「・・・プレゼントしようか?」
え?と、顔を上げたに手塚は微笑んだ。
「まだ、お前のクリスマスプレゼントを選べてないんだ。欲しいのなら・・・これをプレゼントにする。」
「いいの?」
「ああ。ついでに俺もひとつ買おう。」
「なら、私が手塚君にプレゼントする。」
「交換か?」
「そう。」
ニコッとお互いが笑った。いい考えだと、心が通じたようだ。
どの色にしようか?
デザインは?
あ・・・焼印がついてる。
あれやこれやと出してきては考える。
手塚はに似合うものを探す。
は手塚に似合うものを探す。
クスクス笑って、額を寄せ合って、大切な人への贈り物を選ぶ。
穏やかで温かい。
幸せな時間だった。
1時間はゆうに越えて選んだカバーは、何の飾りもないシンプルなものになった。
同じデザイン、皮の色が違う。
手塚は青で。は赤。
「は定期入れも赤だから、お揃いでいいだろう?」と、手塚が笑う。
手塚の青は・・・何となく。
テニスコートに立つ彼のレギュラージャージとか、青空とか・・・
そんなものがイメージにあったのかもしれない。
「。プレゼントの交換はクリスマスにしよう。」
プレゼント用に綺麗に包まれたカバーを手にした手塚が、思いついたように提案する。
「いいけど、時間があるの?」
「ああ、テニス協会のパーティーに呼ばれているのは夜だ。あと・・・他にもいろいろあるが。
に会う時間は何とでも作れるさ。」
「でも・・・」
「会いたいから。誰より、に。」
頷くしかなかった。
会いたいから。たとえ、1分でも。
大好きなあなたに会いたいから。
「それと、このカバーに自分が一番お気に入りの本をつけるのはどうだろう?」
「自分の本棚から選ぶの?」
「そう。が読んだ本がいい。」
「わかった。・・・楽しみ。」
「ああ。」
頭の中、気にいっている小説が何冊か浮かぶ。
手塚も考えているような顔をしていて、の視線に気づくと「迷うな」と笑った。
クリスマス・・・楽しみだな。
でも、別れは近くなる。
楽しみだけど哀しい。
クリスマスイブの夜。
恋人は夜遅くに、家の前に立っていた。
携帯からの呼び出しに、慌てて外に出た。
玄関から出てきたに目を細めた手塚は「少し・・・いいか?」と近くの公園を指差した。
普段着にハーフコートを羽織ったが寒そうで、そっと肩を抱く。
疲れてないの?と自分を気遣うが愛しくて、シャンプーの香りがする髪に口づけた。
古びたベンチに座り、少しでも温かくいられるように体を寄せ合う。
「これ、クリスマスプレゼント。」
「クリスマスプレゼント。」
白い息を吐くが包みを差し出した。
ちゃんと自分が読んだ古い本にカバーをかけて、ラッピングしなおした。
手塚も同じ、読み込んで少し古くなった大切な本にカバーをかけてに渡した。
お互いが中を見て、ふ・・・と微笑む。
彼らしい。彼女らしい、と。
本の題名を見て思う。
大切な思い入れのある本を交換した。
嬉しそうに本を開くの横顔を見つめながら、手塚は小さく溜息をつく。
本当は、別のものをプレゼントしようと先月から探していた。
自分が買える精一杯のもの。
ずっと彼女が身につけられる・・・指輪やネックレスを。
だが、買わなかった。
を縛ってしまいそうで、買えなかった。
あの日、思いつきでブックカバーと本を交換しようと言ったが、いい考えだったと思う。
お互いが読んだ、思い入れのある本を手にする。
それは誓いの指輪のようだと思った。
彼女が自分を忘れるときには・・・本棚の隅に置かれるか、捨てられるか。
どちらにしても躊躇いが少なく処分できるだろう。
彼女を縛りはしないが・・・想いが強く込められているもの。
本、とは。自分たち、らしいじゃないか。
「。」
呼ばれて顔を上げれば、手塚の優しい瞳があった。
「俺は・・・俺の気持ちは変わらない。以上に大切な人には出会えないと思う。
だが、だからといっての未来まで縛る気持ちはないんだ。
もしも、お前に大切な人ができたら・・・この本は捨てていいから。」
の瞳が大きく見開かれた。唇の端がかすかに震えている。
「夢をかなえるまで・・・俺は帰国しない。全力でやるつもりだ。
いつ帰るとも言えない。だから、に約束してやることも出来ない。」
手塚の目の前。の瞳に涙が溢れてくる。
胸の痛みに耐えながら、手塚は手を伸ばして冷えたの頬に触れた。
手のひらに擦り寄るようにが頬を寄せる。
そして、手塚の手に自分の手を重ねた。
瞬きすれば、ポロ・・・っと涙が零れ落ちていく。
「」
「どうして?どうして・・・待っていてくれ、って言ってくれないの?」
「それは」
「私。待てと言われたら・・・いくらでも待つのに。どうして・・・約束をくれないの?」
「」
「ずっと・・・ずっと、好きでいたいのに。ずっと、手塚君を思っていたいのに・・・ダメ?」
「ダメなわけないだろう。ただ」
「本当は・・・ずっと傍にいて欲しかったの。どこにも行かないで欲しかった。
でも・・・それじゃあ・・・手塚君じゃなくなっちゃうでしょ?
好きだから。大切だから。手塚君の夢をかなえて欲しい・・・だから我慢してるのに。
どうして・・・約束をくれないの?どうして・・・私に・待てと言ってくれないの?」
手塚は衝動的にの肩を引き寄せて、自分の腕に抱きこんだ。
彼女の嗚咽が自分の胸に直接響いてくる。
の肩に顔を埋めると、ぎゅっと力を込めて抱きしめた。
離したくない。心から思った。
こんなに愛しい人を残して、本当に旅立てるのか。
約束が欲しい・・・と泣く恋人に。
俺は何が残せるんだ?
ただ抱きしめて。
その間にも流れていく時間に、涙は止まらない。
とどめたい想いも。ぬくもりも。
すべては、一瞬で過去のものになっていく。
後にも先にも。
手塚の前でが泣いて縋ったのは、この一度だけだった。
彼女の『優しさ』は『強さ』だと。
別れの日。手塚は思った。
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