約束 7








空は抜けるような蒼だった。


は本屋前の道路を箒で掃く手を休めて空を見上げていた。
低いエンジン音を響かせて、飛行機が青空を横切っていく。
恋人が乗った飛行機でないことは分かっていたが、見送らずにはいられなかった。



『夢を掴んで。私も・・・約束を果たすよう頑張るから』



早朝、の元へ会いにきてくれた手塚に告げた言葉。
手塚は柔らかく微笑んで、の唇に最後のキスを残して背を向けた。



『約束は必ず果たす』という囁きを残して。





空港には行かなかった。
家族だっているし、部活仲間も行くという。
邪魔をしたくなかった・・・というのは奇麗事。
行ってしまったら、絶対に泣いてしまう。
泣いて、手塚を困らせてしまう。



だから、は見送りに行かなかった。



手塚も見送りを望まなかった。


の姿は旅立つ朝、目に焼き付けて。
抱きしめて、唇を重ねて、約束を残して。と別れた。



はポケットの中にある赤い定期入れを出してきた。
その中には、卒業式に撮った二人の写真がある。
不二は二枚の写真を撮ってくれていた。


一枚は真っ直ぐレンズを見つめて並んでいる写真。
もう一枚は。
その写真を撮る前に、ふと視線を合わせて微笑みあった自然な二人を残しておいてくれた。


自然な笑顔の二人。
不二君も『自信作だよ』と笑って渡してくれたもの。


気にいった手塚とは、お互いが自然な写真の方を身につけることにした。
は赤い定期入れに収めた。
手塚はバスの定期入れに収めた。


『もう、バスは使わないのに?』と問う
『バスは使わなくても、は必要だからな』と笑った。





もう手塚を乗せた飛行機は離陸しているだろう。
今。日本には、私ひとり。



箒を片手に空を見る。
もう片方の手には、旅立った恋人との写真。



大きく胸いっぱいに空気を吸って。
は滲む陽の光りに目を細めた。



4月からは大学生活が待っている。
頑張って合格した大学だ。



夢への一歩。



も踏み出すのだ。










『手塚君』





呼ばれた気がして目を開いた。
彼女の声が聞こえるはずもないのに。


うとうとしているうちに、彼女の夢でも見ていたのかもしれない。


快適なフライトの間、手塚はと交換した小説を読んでいた。
時々、ポケットに入っている定期入れに触れて息を吐く。


そんなことを繰り返していた。



気持ちを切り替えなくては。



夢を掴んで・・・と彼女は言った。
そのために。



『日本には結果を残すまで帰らない。
 連絡もマメには取れないだろう。期待させるのは辛いから・・・もう連絡は取らない事にする。』


 だが、夢を掴んだ日には。必ず、迎えに行くから。



最後の言葉はの重荷にならないよう胸の中で告げて。
それでもには伝わったようだった。


迷いのない瞳で頷いてくれた。



守ってやらなくては・・・と、勝手に思い込んでいたが。
彼女の心は強いのだと知り安心した。



時の流れにも。距離にも、打ち勝つ想い。



諦めずに懸けてみたい。



夢への第一歩。今、歩き始めたのだ。





二人の想いは一つ。



月日は。


容赦なく、自分たちから熱を奪っていくだろう。



多くの出会いが。心を揺らす日もあるだろう。



ひとりが寂しくて泣いてしまう日も。



諦めそうに弱くなる日も。



選択を嘆く日も。



いない人を恨む日も。怒りもあるだろう。



それでも。信じてみよう。


お互いを諦めない。


期限のない約束は苦しいけれど。


それでも。信じてみよう。





そう、心に誓ったのは。
高校を卒業した年。



手塚と。18歳の春だった。















「こんにちは。」
「おっ、ちゃん。遊びに来てくれたのかい?」


「はい!」



華やかな笑顔で顔を覗かせたに、本屋の店主も頬を緩ませる。
手にはカバンと茶封筒。
会社帰りに、わざわざ途中下車して寄ってくれたのが嬉しい。
店主はカウンター内の椅子をすすめながら、綺麗になったの横顔を見つめた。



「仕事は慣れたかい?」
「はい。皆さんに可愛がってもらって。なんだか・・・申し訳ないぐらい大事にしてもらってます。」


「そうか。金田君がちゃんを気にいってたからね。うんうん、良かった。」



は、大学に入ってもバイトを続けていた。
いつの間にか常連客の間では『店主の孫』などと勝手に思われて可愛がられた。


その中には、出版社の人間が何人か含まれていて。
の書いた『お薦めの理由』に興味を持った編集者の金田が会社に誘ってくれた。


小さな出版社だったが『良い本を世に出したい』という信念を持って、
無名であっても良いものなら出版するという姿勢を貫いていた。


金田と店主は、古くからの知り合いで。
『金田君のところなら安心だ』と店主も背を押してくれて、この春には就職をした。



まだ、ひよっ子と言うのも、おこがましいほどだが。
またひとつ、夢に近付いた。



仕事の話や先輩の話を店主に聞かせて、ほんの少し会話が途切れたとき。
店主が、さりげなく口にした。



「彼も頑張ってるね。この前、準々決勝の試合を見てしまったよ。」
「・・・私も見ました。」



が少し目を伏せて微笑む。
手塚はあれから一度も帰国していない。


気づけば4年の月日が過ぎていた。
その間、徐々に力をつけた彼は、日本で試合が中継されるほどのプレイヤーに成長していた。


手塚が自分の名前を呼ぶ声は、もう4年間も聞いていない。
ただ最近は、テレビのインタビューなどで声を聞くことができる。


2年前。初めてテレビから彼の声を聞いたとき。
は泣き崩れるほどに泣いてしまった。


懐かしくて。切なくて。痛くて。愛しくて。


泣くだけ泣いて、は再び夢を目指す決意を強くした。



今でも、の誕生日とクリスマスにはカードが届く。



『元気か?良い一年を。』



いつも簡単なコメントが書かれているカード。
愛情を表す言葉など、一度も書かれた事がない。


それでも。


手塚が、まだ自分を想っているというメッセージに思えて。



も、手塚の誕生日とクリスマスシーズンになると時間をかけてカードを探した。
そして同じように簡単なコメントを心を込めて書き記した。



『元気ですか?体を大切にしてください。』



それものメッセージ。まだ、待ってます・・・という。



心のどこか。
このカードが途切れたならば、約束は果たされない。



はそう思っていた。



手塚は大きな大会で準々決勝まで勝ち進んだ。
日本人男子プレイヤーとしては快挙だと新聞報道がされている。
世界ランキングも上位に食い込んできた。



彼はもうすぐ・・・夢を掴む。



そう思うたび。の胸は痛いほどに手塚を想った。





手塚の話は、それっきり。
店主に美味しいカフェオレをご馳走になって、今月号のテニス雑誌を買い、店を後にした。



見上げた空には一番星。



「夢が叶いますように」



いつもと同じように願いをかけて、星の瞬きを見つめた。






        あなたに、会いたい。





カバンの中。赤い定期入れには、今でも18歳の二人が微笑んでいる。




















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