遣らずの雨 6










理数系特別クラスは校舎の最上階にある。
仁王君を問い詰めていたせいで少し遅れて教室に入ったが担任はまだ顔を出しておらず、
ざわめいたいつもの雰囲気がこもっていた。


窓際の彼女を目で追う。
長い薄茶の髪しか見えない彼女は、今日も空を見ているのだろう。彼女は、いつも空を見ている。
まるで、飛べない鳥が空に焦がれているような雰囲気で、私は見ているのが切なくなるのだ。



休み時間、彼女に近づいた。



さん」
「・・・聞いたのね。」



頭の回転が速い彼女は、私の顔を見ただけで何が言いたいのか察したらしい。
何故、頭のいい彼女がこんなことをするのか。最初の頃、私には理解できなかった。



さんの事、知ってたんですね。」
「仁王は、私に嘘をつかないから。」


「残酷な事を・・・」
「柳生君が黙っててくれてたの感謝してる。ありがとう。」



ふわりと彼女が微笑んだ。
仁王君には、この笑顔の儚さが目に映ってないんだろうか?本当に?



「私は仁王君に一番近い友だと自負していますし、彼の良さも理解しているつもりです。
 ですが、君の事に関してだけは・・・彼は本当のことが見えていない。
 彼のしている事は君を踏みにじる事ばかりだ。もう、私は見ていられないんです。
 君が・・・傷つきながら彼の傍に居るのを見るのが忍びない。」


「いいのよ、もう理屈もなにもないの。私にも止められない。だから、柳生君が気に病むことはないのよ。
 そのうちに仁王は本物の恋をするわ。その日までは、このままでいいの。」



頬に零れてきた薄茶の髪を耳にかけ、少し首をかしげて笑う彼女。
両親が離婚して医師の父親に引き取られたものの、その父親も再婚したせいで家を出たと言っていた。
父親の希望で医師を目指しながら、学校近くのマンションでひとり暮らしをしている。
成績は常にトップクラスだが、クラスに女子が少ない事もあってか誰かとはしゃぐ姿など見たことがない。
私が目にするどの女子よりも大人で、どこか諦めたような儚さを持つ彼女。


彼女が何故、仁王君という男に出会ってしまったのか。
何故、仁王君を好きになってしまったのか。
彼女には温かく全てを包んでくれるような男性が必要なはずなのに。
仁王君は彼女を見ていない。なのに、彼女は一途に彼を想っている。報われないと知りながら、だ。


私は一つ溜息をつく。私になど彼女を救うことは出来やしない。



「わかりました。ですが、せめて辛い時は私に頼ってください。弱音を吐いてくださっても、愚痴を言ってもらっても構いません。
 仁王君の友人として、それぐらいのことは私にさせてください。」


「もう、充分。柳生君が分かってくれてるだけで、私には充分なの。」



窓の外は、また雨が降り出していた。薄暗い教室に蛍光灯の影が落ちる。
その影が彼女の頬に長い睫毛の影を落とし、とても美しかった。
壊れそうな美しさを持った彼女を私は黙って見つめるしかなかった。





昼休み、は3階にある音楽室のテラスに出た。
雨はあがって、少し陽射しも射している。
予想通りの人物は柵に頬杖をついて校庭を見下ろしていた。



「風が強いのに物好きね。」
「お前には言われとうないな。おい、一曲弾いてくれ。」


「何を?」
「なんでも。」


「高いわよ」
「キス一回」


「あら、それは私が払って貰うものじゃないの?」
「オレンジジュース一本」


「了解」



一度もを見ない仁王が何を見ているのか、も校庭を見て気づいていた。
真田ともう一人のが並んで歩いていた。
仲睦まじく楽しそうに話している。次は体育なのだろう、真田はジャージ姿だ。


は黙ってピアノの前に座った。
重い蓋を開き、軽く指を慣らす。やはり、グランドピアノは音がいい。
少し考えて・・・エルガーの『愛の挨拶』を弾く事にした。
優しく柔らかな、愛する人に贈る曲だ。


仁王はテラスから恋人達を見ながらの弾くピアノの音色を聴いていた。
と出会ったのは、この音楽室。あの日も、彼女は一人でピアノを弾いていた。


他の女子にはない落ち着きと美しさに惹かれたのは本当だ。
少し言葉を交わして・・・その後で彼女の名前が『』だと知って興味を引かれた。


音楽室で繰り返し顔を会わせ、何度目かで体を引き寄せたら、おとなしく腕に納まった。
それから簡単には仁王を受け入れた。


珍しい女子高生の一人暮らし。
気軽に付き合うには絶好の環境。
頭の回転が速く仁王が満足する答えを必ず返してくるし、余計な事は何も言わないし聞かない。


表面上は誰とでも合わせているが、本来が気難しい仁王は僅かな人間しか自分のテリトリーに入れない。
そのテリトリーに初めて異性で入れたのがだった。


柳生がを好きならば、手放さなくてはならないだろう。
だが、それはちょっと惜しい気がする仁王だった。



真田と彼女が手を振って別れ、仁王はテラスから音楽室に入ってきた。
は目を閉じて美しい旋律を奏でている。
彼女の華奢な背中に薄茶の髪が流れていくのを見ながら手を伸ばした。


ピタッと演奏が止まる。
背中から仁王に抱きしめられては続きは弾けなかった。
は手を伸ばし、肩に顔を埋める仁王の髪を撫でてやる。



「今日も・・・泊まりたい。」
「甘えっ子。」


限定じゃ」
「それは、光栄ね。」



首筋に仁王が口づけると、は耐えるように目を閉じた。
背中から抱きしめる仁王は知らない。



の泣いてしまいそうな表情など、一度も見たことがなかった。




















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