you are my sunshine 3
「では、俺は出かけるが。分かっているな?」
「ハイ!一、電話には出ない。ニ、インターフォンにも出ない。三、みだりにアパートメントから出てウロウロしない。
四、家の中のものを勝手に触らない。五、同じく覗かない。以上」
だぼだぼのトレーナーとジャージの裾を何重にも捲り上げた姿で、がピシッと敬礼する。
手塚は眉間に皺を寄せたまま「勝手に出て行って帰ってこないのは許可する」と冷たくいったが、
はニコニコしていた。
「いってらっしゃーい!事故には気をつけてね〜」
玄関まで見送り出てきたに言われて、手塚の溜息は深くなる。
キムラは笑って「いってきまぁす」と先に出た。
エレベーターの乗り込んだ途端、キムラが真面目な顔になる。
『手塚、貴重品は移動した?』
『ああ』
『まさか、あんな可愛い顔をして窃盗団の一味とかいう事はないだろうが・・・目的が気になる。』
『目的?』
『金目当て。お前のスキャンダル狙いの罠を心配しているんだが・・・本当に寝てないだろうな?』
『俺にも選ぶ権利がある。』
へぇ、とキムラが表情を緩めた。
なんだ?と手塚の不機嫌な顔が益々不機嫌になる。
『あのコ、可愛いのにタイプじゃないんだ?出会った場所が違ってたら、俺なら惚れてたかも。』
『お前の趣味が分からん。』
『ま、夜這いには気をつけろよ。あと、俺のほうで素性を調べてみよう。』
『ああ、頼む。』
日中はテニスの練習に集中し、夕方はトレーナーに体のメンテナンスをして貰った。
その後はスポンサーの会長と食事会。休む間もなくスケジュールが組まれていた。
会長がプライベートで贔屓にしている店というだけあって出された食事は美味しかった。
昔は和食が中心で洋食など口にしなかった手塚も、拠点をアメリカに置いてからは何でも食べるようになった。
デザートを口にしてから、甘い物が苦手な手塚は眉を寄せる。
これは女性向きだな。そう思ったら、ふいにの顔が浮かんだ。
そういえば冷蔵庫の中に夕飯になりそうな物は残っていただろうか?
彼女が抱いていたのは子猫だけで、カバンらしいものは持っていなかった。
財布は持っているのだろうか?
いや、良く考えれば鍵も渡していないのだから買い物にも出られないではないか。
気づいてしまうと、どうにも気になって仕方がない。
もともと非社交的で会話が弾むタイプでない手塚は考え事をすると余計に無口になった。
キムラのフォローも虚しく、次の店にも誘われずお開きになってしまい、手塚はやっと解放された。
車に乗った途端、キムラのお説教が始まる。
手塚は返事もせずに携帯で家に電話をしてみた。
当然のことながら誰も出ない。留守電に切り替わってしまった。
『あのねぇ。君にヨイショしろとか、上手い話をしてくれとは思ってないよ?
でも・・せめて、会長のジョークに口の端でいいから笑ってくれよ。あと、こう楽しそうに相槌を打つとかさ。
なんか葬式みたいな沈痛な顔して黙々と飯を食われても、誘った方はツライだろう?な、聞いてる?』
『キムラ、俺の家の冷蔵庫には何が残っていた?』
『はぁ?なに、突然?』
『いや、彼女の食べるものが残っていたか気になって・・・』
『食べ物?えーっと、ミルクと卵があったけど。けど、卵は朝で使っちまった。』
『どこか店に寄ってくれ。』
『ふーん、』
『なんだ?』
『いや、別に。もう出て行って居なくなってるかもよ?』
『それならそれでいい』
だが、手塚には確信のようなものがあった。
彼女は多分出て行かずに、居る。そう、思った。
24時間開いている店で適当なものを買うとアパートメントに向かった。
車の助手席から自分の部屋を見上げた手塚は「やっぱり」と思った。
窓からは部屋の明かりが漏れていた。
鍵を開け中に入るが人の動く気配が無い。
そのまま真っ直ぐリビングに向かうと、ぷん・・と懐かしい香りがした。
これは?
懐かしい香りの正体はダイニングテーブルに置かれてあった。
『何、これ?手りゅう弾か?』
『いや、おにぎりだろう。』
『分かってるよ、ジョークだ。にしても、不恰好なおにぎりだな。で、本人は?』
『あそこだ。』
は昨日着ていたワンピース姿でソファに埋もれるように眠っていた。
そんな彼女に寄り添うようにして子猫が丸まって寝ていた。
台所には米粒のついた鍋が水に浸けられている。
滅多に自炊はしない手塚の家に炊飯器などない。電子レンジで一膳分だけ作れるタイプの物しか持っていなかった。
日本の母親から送られてきた米や海苔も食べないうちに古くなって仕舞われたままになっている。
『彼女、なかなかに逞しいね。今時の大和撫子が鍋で米を炊くとはねぇ。』
愉快そうにキムラが笑って、おにぎりを頬張った。
『ん、美味い!ほら、手塚』
差し出され、手塚もおにぎりを手に取った。
さっき豪華なディナーを胃に収めたばかりだ。
それでも不恰好なオニギリを口にしてみた。
動いていた口を止め、手元に残るおにぎりをマジマジと見つめる手塚にキムラがウィンクする。
『な?美味いだろ?』
鍋で炊いた米のおにぎりは文句なしに美味しかった。
手塚はソファに眠るに視線を移すと食べかけのおにぎりを皿に戻し、
の足元に折り畳まれている毛布を広げて彼女の体にかけた。
『うむ。新たな発見。実は、手塚は女性に優しい!』
『風邪でも引かれて、更に居座られても困るからな。』
『あ、そう。とにかく俺は帰る。ウチのハニーが首を長くして待ってるだろうから。』
『ああ。』
キムラはを起こさないよう小声で言って出て行った。
の穏やかな寝息を確認してから着替えに寝室に入ると、ベッドはメイキングされ
洗濯されたパジャマが綺麗にたたまれていた。
念のため机の中やクローゼットを確認してみたが、何ひとつ触れられた形跡はなかった。
いったい何をしたくて居座っているのか、手塚には想像も出来ない。
同じ屋根の下に名前以外何も分からない人間が居るという異常な事態。
なのに、何故か嫌悪感を感じない自分が不思議だった。
これでも人を見る目はあると思っている。自分に悪意を持っている人間というものは何となく分かるものだ。
だが、彼女にはそれを感じなかった。
どちらかというと、むしろ・・・
思い至ったところで、カリカリとドアから音がしてきた。
何だろう?と耳をすませてから、ハッとしてドアを開けた。
案の定、子猫がドアを爪で引っかいていたらしい。僅かに傷がついている。
「こら、ここで爪を研ぐのは駄目だ」
足に纏わりついてくる子猫を抱き上げ、視線を合わせて叱った。
丸い瞳が手塚を映す。その瞳は、自分を見上げてくるの瞳に良く似ていた。
「お前たち似ているんだな。」
にゃあ、と。子猫が返事のように鳴いた。
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