いつもの時間より若干早く目が覚めた。
隣のリビングから僅かな音がする。既には起きているようだ。
手塚は髪をかきあげメガネをかけた。


人の気配を感じて目覚める朝は久しぶりだと思う。



リビングは朝日がいっぱいに溢れていた。
あまりの眩しさに目を細める。
目が慣れてくると、彼女が窓を全開にして光りの中に立っていたのが分かった。



「おはよう!」
「おはよう」



挨拶を返せば、光りの中のがとても嬉しそうに笑った。










     you are my sunshine 4










今朝の食卓は真っ白のご飯と海苔、それに厚焼き玉子だった。
は昨夜手塚が買ってきたマフィンとコーヒーを朝食にしていた。
同じものを食べないのか?と聞けば、茶碗と箸が一つしかないから諦めたという。


手塚は相変わらず黙々と食事をする。
だが・・・はベラベラと手塚に話し続けた。



「あのね、本当はお鍋でご飯を炊くの初めてだったの。
 でもお粥の炊き方は知ってたから水加減を変えてみたら何とかなった!凄いでしょう?」
「・・・・」


「お米さ・・・精米した年から2年経ってるヤツもあったよ?自炊しないの?外食ばっかりだと、体に悪いよ?」
「ちゃんと食事を管理してくれている栄養士が居る。今はオフだから、少し自由にしているだけだ。」


「そうなんだ。じゃあ、暇なんだ?」
「暇ではない。それなりに忙しい。」


「あのね、お買い物に行きたいの。お味噌とかあったら、お味噌汁も作れるし。
 それに、私の服も買いたいの。着たきり雀だし。」


「悪い人に追われているのに外出して平気なのか?」
「へ?あ・・・いや、そうねぇ。変装していけば、なんとか。」


「記憶も無いのに、米の炊き方や味噌汁の作り方は覚えているんだな。」
「あははは、ホント人間って不思議ねぇ。不思議、発見!なんちゃって。」



チラっと冷たい視線を手塚が流すと、はワザとらしい愛想笑いをした。





その二時間後。
二人の姿は郊外の大型ショッピングセンターにあった。



「その姿はかえって目立つ気がするが?」手塚か呆れたように言う。



はサングラスにマスク、頭にはキャップを被っていた。



「いえいえ。悪い人に見つかると大変ですから。」
「お前の方が悪い人に見えるぞ。」


「ほっといてください。国ちゃんこそ、素顔で歩いてて大丈夫?」
「俺は悪い人には追われていない。その、ちゃん付けは止めてくれないか?」


「嫌です。国ちゃん、人気あるんでしょう?こんなとこを素顔でフラフラ歩いててファンが殺到したりしないの?」
「多少のサインや握手を求められる事はあるが、たいした事はない。」


「そうなんだ。日本じゃ、凄い人気なのにね。」
「記憶、戻ったんだな」



肩を一瞬すくめたが頭を両手で抱える。



「きゅ・・・急に頭痛が。記憶が混乱するぅ」
「さあ、行くぞ。食品は後にしよう。」



手塚は訴えを無視して歩き出す。
ちょっとぐらい心配してよと、は楽しそうに笑いながら手塚の後を追った。



「ねぇ、この服はどう?」



派手なプリントのTシャツを体にあててがくるっと回った。
ファッションになど興味の無い手塚の目から見ても似合っていない。
眉間の皺を深くした手塚は少し考えて、彼女を連れて子供服売り場に向かった。



「ここで丁度だろう?」
「酷い!私、二十歳なのに!」


「二十歳だったのか。良かったな、年齢を思い出して。」



手塚国光という男は意地悪なのだ。
いちいち上げ足を取ってくる手塚には口を尖らせる。
手塚の予想通り、日本人女性の中でも華奢なはティーン用の子供服で充分だった。


ああでもないこうでもないと洋服を選んでいるを手塚は離れた場所で見ている。
女性の買い物など、ずっと昔に母親に連れられてデパートへ行ったぐらいしかない。
子供連れで歩いている女性に物珍しげに見られている気がして、手塚は遠慮がちに後ろへ下がった。
踵に何かが当たる。振り返ると、それは洋服をディスプレイしたガラスケースだった。



「おい、」手塚は離れた場所に居るに声をかけた。しかし彼女には聞こえていないようだ。



少し躊躇って。
後ろの服をもう一度確認してから、今度はもう少し大きな声を出した。



!」



くるっと、が振り返った。手塚は親指で自分の後ろを差す。
視線を向けたがパッと笑顔になった。
手塚のもとに小走りでやってくると胸を押さえて息を整えながらディスプレイされた洋服を見上げる。
木綿の真っ白なブラウスは胸元にレースがあって可愛らしい。
合わせられた草木染のような自然な色合いのスカートは、切り替えになっていて微妙に色が違っていた。



「可愛い。あれ、いいね。ね、似合うと思う?」
「ああ。多分、」


「多分なの?」



手塚は表情も変えず、近くに居た店員に声をかけてディスプレイされていた服を下ろしてもらった。
本当は・・・とても似合うと思ったのだ、彼女に。


は、その後も下着などを選んでレジに並んだ。
さすがに恥ずかしい手塚がレジから離れようとするとガシッと肘を掴まれた。



「なんだ?」
「お金・・・ないの、」


「財布もなしで買い物に誘ったのか?」
「家政婦として働いてるし、」


「それは家賃代で相殺されているはずだが?」
「ボーナスという事でお願いします。」



手塚はを睨みながら、女性用の下着が入ったカゴと共にレジに並ぶ羽目になってしまった。
その後は食品売り場に移動した。
ここでも物珍しがるは休みなく喋っていた。


カゴいっぱいに買い物をして、財布を持たないの変わりにレジに並んだ手塚。
は先回りしてカウンターの方に向かった。
会計を済ませての背中に向かうと、彼女はカウンターに両手をついて俯いている。
肩で息をしているように見えた。



「どうした?」



声をかけると、が僅かに顔を上げて「なんでもない」と言う。
様子が変だと手塚は気づいた。



「具合が悪いのか?」
「だい・・じょうぶ」


「頭が?おい?」



の体がユラッと揺れたのを手塚が支える。



!」



咄嗟に名前を呼ぶと、もたれかかってきた体がピクッと反応した。
手塚に体を預けたまま、は顔を上げるとぺロッと舌を出した。



「えへへへ。名前、呼んでほしかっただけ!」



手塚はの体を放り投げるようにして手を離す。


酷い!とが苦情を言ったが、そのまま家まで一言も口を開かず帰った。
手塚は本気で心配して。本気で怒っていたのだ。








トントンとネギを刻む音がする。
グツグツと鍋で米の炊ける音もする。
生活の音は何故か心地いい。手塚は聞くともなしに聞く音に安らぎをおぼえていた。


は台所に立ち、手塚はソファでニュースペーパーを広げている。
その脇で、子猫がおとなしく丸まっていた。


ニュースペーパーを広げたまま、台所に立つの顔を観察する。


やはり顔色が悪い気がするが・・・もともと血色の悪いタイプなのかもしれない。
しかし車の前で倒れていた時は演技ではなく気を失っていたし、やはり本当に頭を打っているのだろうか?


心配なのだが、の言う事は何処までが嘘で何処からが本当なのか分からない。
だからいつも冷静な自分が、らしくなくイライラしたり困惑したりするのだろう。





湯気の立つ食事の前でが手を合わせた。
はご飯をサラダボールの器に入れ、フォークで食べるつもりらしい。
マグカップで味噌汁を飲むに眉を顰める手塚だった。



「あのね。些細な事で、そんないちいち怒ってると体に悪いと思うの。もっと大らかな気持ちを持たなきゃ。」
「・・・・・・」



は口をきかない手塚に言って聞かせる口調だ。



「それにね、もっと笑った方がいいよ?笑うと免疫細胞が活発になって病気しにくくなるの。
 国ちゃん笑わないから。このままじゃ免疫細胞が死滅しちゃうよ?」


「俺は・・・この十年間、風邪も引いてない」
「国ちゃんの免疫細胞スゴイねぇ。刺激も与えられないのに真面目に働いてるんだ。すご〜い。」



やっと口をきいてくれた手塚に嬉しさが隠しきれないはクスクスと笑う。
手塚は「いただきます」と礼儀正しく挨拶した後、箸をとった。
味噌汁を飲んで、うんと僅かに頷く。
その様子を息を詰めて見ていたと目が合うと、彼女は恥ずかしそうに笑った。



「なんか・・」
「なんだ?」


「新婚さんみたいね、私たち。」



味噌汁を飲んでいた手塚が無表情で箸を止めた。
言ったの頬がみるみる赤くなっていく。



と、次の瞬間。ゴホッと、突然に手塚がむせた。



「く、国ちゃん?大丈夫?」
「そ・・・その、ちゃん付けは止してくれ。ゴホッ」


「嫌です。ちょと、あ・・・お茶!大丈夫?ね、」



が席を立ち、手塚の背中をさすりだす。



その手がとても冷たくて。
火照った手塚には心地良く感じられた。



















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