you are my sunshine 5
と買い物に行った翌日。
練習をしていた手塚は肩に違和感を感じた。少しハリがあるようだ。
左肩に古傷を抱えている手塚は大事を取ってメニューを半分で止め、いつも世話になっている主治医のもとに向かった。
診察と共に、いくつか検査も受ける。
心配したキムラも付いてきていた。
無口な手塚に明るいキムラの話しはありがたい。
渡米してから共に戦ってきたキムラだから、口にしなくても手塚の不安を理解してくれている。
『先月、先々月とトーナメントが続いたからね。一年の疲れが出てもしょうがないよ。』
『ああ。』
『痛みがないんだから、大丈夫だって。』
違和感を無視して無理を重ねた後に来る痛み。
あの激痛を知っている手塚は遠くない過去に思いを馳せる。
痛みを知ってしまうと、その痛みの恐怖に心も体も萎縮する。
治癒しても痛みに対し無意識に怯える心と体は選手生命を脅かすほどの脅威だ。
どんな事も強い精神力で乗り越えてきた手塚だが、痛みとの戦いが一番過酷だったかもしれない。
検査結果が出た。
表情を変えず医師のもとに向かう手塚の落ち着いた横顔を見て、キムラは内心で安堵していた。
結果は疲労による筋肉の軽い炎症だった。
消炎剤を内服しながら肩を休ませればいいと言われ、二人はホッとした。
練習メニューは医師とも相談して軽いものに変えることにした。
すぐにトレーナーにも連絡がいき、今後の事が検討される。
手塚国光という一人のプレイヤーを支えるスタッフ達が一斉に動き出した。
いつもより遅く帰宅した手塚がリビングに入っていくと、またはソファで眠っていた。
風邪を引くだろうにと眉根を寄せながらソファに近づいた手塚が一瞬息を呑む。
息をしていない?
「おいっ、」
の薄い肩を掴んで揺すった。
長い睫毛が僅かに震え、ゆっくりと琥珀色した瞳が現れてくる。
ほっ・・とした。それにしても顔色が悪い。
死んでいるんじゃないかと手塚の背中が冷えるほど、青白い顔では眠っていたのだ。
「国・・ちゃん?おかえりなさい」
「具合が悪いのか?」
「ううん、寝てただけ。あ・・・ご飯は?」
「外で食べた。それより、顔色が悪いぞ」
「そう?もともと色が白いから・・そんなふうに見えるんでしょ。」
薄っすらと微笑んで、まだ眠たそうに体を起こすの動きは緩慢だった。
「いいから寝ろ。ソファでは寝にくいか?」
「ううん。このソファ、とっても寝やすいの。きっと高いソファね、国ちゃんお金持ち!」
「・・・大丈夫そうだな」
「うん。そうだ、お茶ぐらい飲む?」
クスクスと笑って、がソファから立ち上がる。
手塚は溜息をつくと、着替えるために寝室へと向かった。
だから手塚は後ろを見ていなかった。
立ち上がったの体がふらついてダイニングテーブルに手を突いたことなど、気づきもしなかった。
温かい日本茶を口すると落ち着く。
自分で淹れても美味しいとは思わないが、人に淹れて貰ったお茶は不思議と美味しいものだ。
肩の力を抜きながら、なんとなく右手で左肩に触れる。
大丈夫。
今・・無理をしなければ何の障害にもならないはずだ。
何度も繰り返し自分に言い聞かせている事に気づいた手塚は、肩に触れていた手を前で合わせると項垂れた。
「どうしたの?何かあった?」
「いや」
「つらいこと?」
「何でもない」
冷たく言い切った手塚にの言葉が止まった。
カシャカシャと音がして顔を上げると、がブラインドを上げていた。
全てを上げると窓を開け、夜風を部屋の中に導きいれる。
彼女の長い髪がサラサラと風に吹かれた。
「星・・・少ないね」
「都会の空は明るい。そうは見えないだろう。」
「でも本当は、あの暗い闇の向こうに数え切れない程の星が輝いてるんだよね。」
は頬にかかる髪をかきあげながら、夢を見るような瞳で夜空を見上げていた。
「辛いこと、苦しいことがあると、もうどうでもいいやって思っちゃうことがある。
でもね、諦めちゃったら・・・そこで終わり。
何も見つけられない。何も手に入れられないの。
それじゃあ、駄目。
今は暗闇でも明日には新しい星が見つけられるかもしれない。
今日が駄目でも明日。明日が駄目なら、あさって。
それが希望。
まだ未来があるんだもの。
私は諦めないわ。
だから国ちゃんも、ね?」
手塚は黙ってを見ていた。
風にさらわれてしまいそうな小さな体で、は真っ直ぐに手塚を見ていた。
「国ちゃんは、煌めく星。ああ、違うかな?
そうだ、国ちゃんには太陽が似合う。輝く陽射しみたい。」
「なんだそれは?意味が分からない。」
「いいの。私が分かってるから。
とにかく、なにがあっても国ちゃんは大丈夫ってコト!」
「ますます分からない。あと、何度も言うようだが『ちゃん』付けはやめてくれ。」
「嫌です」
憎らしい笑顔を浮かべてがキッパリ答えた。
ふわっと風が吹き込んで、彼女のワンピースの裾が広がる。
見ていた手塚はが風に吹かれて窓から飛んで行ってしまいそうな錯覚を覚えた。
「冷たい、もう閉めるぞ。」
そう言って、顔には出さず素早く窓を閉めてロックをかけた。
早く寝るよう父親のような小言を言って、リビングの電気を消した手塚は早々にベッドへ横になった。
物音のしなくなった暗い部屋で天井を見つめながら思う。
『私は諦めない。』そう、が言った言葉を思い出す。
真実は真実。
どんなに目を逸らしても変わることはない。
最善を尽くそう。
不安からも目をそむけることはない。
不安があるからこそ、万全の策を施そうと努力できるのだ。
少し気持ちが軽くなった。
違和感の残る肩に触れ『油断せずに行こう』と呟く。
十代の自分が感じていたコートに吹く熱い風。
あの頃に描いた夢を自分は追っている。
まだまだ、だ。
道は遠く果てしない。
この手に掴めないかもしれないと不安に思う日もあるが、輝きは変わることなく自らの先にある。
諦めるものか。
そう強く思って、手塚は目を閉じた。
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