you are my sunshine 6
いってらっしゃい。 そう声をかけられて玄関を出る。
おかえりなさい。 戻れば当然のように言われて、ただいまと返す。
部屋は隅々まで片付けられて、洗剤の香りがする衣類がキチンと畳まれて置かれている。
当たり前のように食卓に並ぶ和食。
子猫は足元でキャットフードを貰い、人間と同じように食事をする。
は笑って、その日一日の事を尋ねてもいないのに話して聞かせてくれる。
相槌もろくにうたず黙々と箸を動かす手塚を見つめ、嬉しそうに微笑む彼女。
「えっとさ、俺・・・邪魔かな?」
箸を持ったまま顔を向ければ、眉をハの字にしたキムラがマグカップの味噌汁を
すすりながら問う。
「何が、だ?」
「なんかさ、新婚家庭にお邪魔しているような気分なんだけど。」
「馬鹿馬鹿しい、」
「そう?手塚もまんざらじゃなさそうだし」
「ごちそうさま」
手塚は箸を置いて礼儀正しく挨拶をすると食べた茶碗を重ねて流しに持っていく。
が手塚の家に転がり込んできて5日。
他人・・・それも異性を5日も自分の部屋に置くなど、手塚自身信じられない事だ。
だが、もう週末になるし。そろそろ彼女も出ていく頃だろうと思う。
キムラのひやかしなど無視して、手塚はソファに座るとニュースペーパーを広げた。
子猫も手塚の後を追ってソファに上がると彼の体に擦り寄るようにして丸くなった。
いつの間にか新しいお茶を淹れなおしたがさりげなく手塚の前に置く。
手塚も黙って新しいお茶を手に取り、口にした。
どう見ても夫婦じゃないか。
キムラは心の中で思いつつ苦笑した。
手塚にとっては良い事のように思えるが、手放しでは喜べない。
これが普通の出会いで彼女の素性も明確ならば問題なかったのだが、いや・・・
それでも恋愛沙汰はマスコミに知られると煩いから要注意。
彼女の素性も分からず、車で撥ねた撥ねないなんてのが関っているから余計に要注意だ。
キムラは隠して写したの写真を手に彼女の素性を調べていた。
昔からの友人に警察関係の人間がいるから、家出人だったりしたら連絡があるだろう。
手塚に害をなす人間の関係者じゃなければいいんだが・・・と、洗い物をしている小さな背中に願うばかりだった。
「あの・・・私も連れて行って貰えませんか?」
その5日目の朝。
いつもなら玄関で『いってらっしゃい、事故に気をつけてね』と
半分嫌味なのだろうかと疑うセリフを言って送り出すが切り出してきた。
今日は手塚と共に選んだ木綿のブラウスに長めのスカートを着て、
ちょこっと首をかしげる仕草に長い髪が肩にこぼれている。
「どこにだ?」
「練習に行くんでしょ?私、国ちゃんがテニスをしているところが見たいんです。」
手塚とキムラを顔を見合わせる。
「何が目的だ?」
「何も。ただ、お日様の下でボールを追ってる国ちゃんを自分の目で見たくて、」
「ムリだよ。練習してる所なんて、誰にでも見せるものじゃない。
手塚の取材に来てる記者とかもいたりするし、色々と勘ぐられても困るんだ。」
「そうなんだ・・・。でも、遠くからでも。ホンの少しでも駄目ですか?」
「君、日本人だし目立つよ。それとも、何か企みでもあるの?」
「企みなんて、」
「キムラ」
鋭い目になってを見据えるキムラを手塚が止めた。
は目に見えて、しゅん・・としてしまった。
「、お前の素性を正直に話すんだ。そうすれば考えない事もない。」
目を見開いたが手塚を見上げ、次には僅かに瞳を細め視線を逸らした。
「覚えて・・ないの」
「そうか、」
手塚は溜息をつくとキムラより先に玄関を出た。
キムラも複雑な顔でを見遣ってから手塚の背中に続く。
ゆっくりとドアが閉まっていき、遠ざかる足跡が消えていくのをは立ち尽くして聞いていた。
そんなの足元に子猫が擦り寄ってきて甘える。
優しく子猫を抱き寄せ頬を寄せると咳が出始めた。続く咳に眉を寄せながらリビングに戻る。
「も・・・無理かな?」
小さく呟くと子猫をソファに降ろし、は崩れるようにソファに身をゆだねる。
胸元を押さえソファにうずくまるを、子猫が心配そうに見つめていた。
スッキリとしない気持ちを抱えたまま、手塚はテニスコートに立っていた。
肩のコンディションを考えて軽めのメニューをこなし、額の汗を拭いながら何となく空を見上げた。
今日の天気は快晴。風も弱く、テニス日和だ。
お日様の下でボールを追ってる国ちゃんを自分の目で見たくて
の声が浮かぶ。
見せてやっても良かったのかもしれない。
買い物に連れて行ったきり、外の空気さえ吸わせてやっていない事に気がついた。
いや、本人が勝手に人の家に引きこもっているのだから自分が気にする事ではないだろう。
けれど・・・。
練習を終えた後、肩の状態を見て更に練習メニューを細かく変更していた時、
キムラが神妙な顔をして部屋に入ってきた。
『手塚、』
『なんだ?』
『さっき友達から連絡があったんだ。彼女・・ちゃんの素性が分かった。』
手塚はレンズの奥の瞳を僅かに大きくしただけでキムラの次の言葉を待った。
『家族から彼女の捜索願が出てた。彼女・・・マズイぞ、』
キムラがアパートメントの前に車を横付けすると手塚は素早く降りてエントランスに駆け上がった。
そんな彼の背中を見送るキムラは車の中で待機するつもりだ。
とにかく一刻も早く連れて行かなければならない。
手塚が力づくでも彼女を降ろしてくるのを確信して、キムラはエンジンをかけたまま待った。
手塚はエレベーターの数字が一つずつ増えていく間もイライラしていた。
チン・・・と音がして、厚いドアが開ききる前に身を滑らせて外へ飛び出す。
奥にある自分の部屋の前に着くと音を立てるのも構わず家の鍵を開けた。
「!」
真っ直ぐリビングに向かう。
起きていれば、すぐに顔を出す彼女が出てこない。
バタンと音をたて、リビングのドアを開けるが人の気配がしなかった。
いつも彼女が寝ているソファにも居ない。
まさか、出ていったのか?
「、どこだ!」
台所にも居ない。
寝室のドアを開ける。しかし、居ない。
洗濯物だけがキチンと畳まれて置かれている。
「!」
にゃあ・・・と、子猫の声がした。
振り返ると奥の洗面所のドアが僅かに開いていて子猫が出てきた。
「?開けるぞ、」
一応確認して、手塚はドアを開いた。
彼女はここに居た。
洗面所の床に長い髪が広がり、彼女が手にしていたのだろう畳まれたタオルが散らばっていた。
「!」
床に倒れているの体を抱き起こし、手塚が名前を呼ぶ。
彼女の体は温かみがなく、顔から指先まで・・・全てが透けるように白かった。
冷たい。思わず触れた頬の冷たさに手塚の鼓動が早くなる。
の口元に顔を近づけると、僅かに呼吸を感じる事が出来た。
を抱きかかえたまま携帯を出した手塚。
もう猶予はない。
強く体を抱き寄せると救急車を呼んだ。
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