病院の待合室には手塚とキムラが並んで座っていた。
目の前を看護師や医師がひっきりなしに通っている。



『彼女、先月渡米して来たんだそうだ。州立大学病院の心臓外科って有名なのを知っているか?』
『ああ。聞いたことぐらいはある。』


『彼女はそこで心臓の手術をする予定だった。』
『どうして・・・俺のところに』



手塚は吐き出すように呟き、前に組んだ指に力を入れた。



『それは、分からない。ただ、お前のファンだった事は確かなようだ。
 だけど・・・家族もまさか病院を抜け出して、見も知らぬお前のもとにいったとは思わなかっただろう。』



黙り込んだ手塚にキムラは小さく溜息をつく。
助かってくれるといいんだけど、と。










          
you are my sunshine 7










どれくらい待っただろうか。
自分の母親とあまり変わらない年齢の女性が手塚たちの方に近づいてきた。
立ち上がる手塚の前まで来ると深々と頭を下げて潤んだ目元を拭った。



「本当にご迷惑をおかけしました。あの・・・娘が少し手塚さんとお話をしたいと申しております。」
「意識が?」


「はい。戻りました。集中治療室に入りましたので短い時間しか面会できませんが、本人がどうしても・・・と。」



手塚は頷いて、母親について集中治療室に向かった。



「彼女の病状は?」
「日本では難しいと言われて渡米してきたぐらいです。
 それなのに、あの子・・・命を粗末にするような事をして・・・手塚さんにもご迷惑を、」



それだけ言うと母親は言葉を詰まらせた。
厳しい病状だという事が知れて、手塚の表情も暗くなる。



「あの子、手塚さんのもとでは・・どう過ごしていたんでしょう?」
「私の前では普通に過ごしていました。料理をしたり、洗濯をしたり。
 家政婦の仕事をするから家に置いてくれと言って。」


「そうですか。小さい頃からお手伝いの好きな子でしたから。
 ここ最近は、ずっと入院していて・・何もしてなかったんですけど。」
「あとは・・・そう、子猫を連れてきたのですが。」


「子猫?思い当たりませんけど・・・どこかで拾ったのかしら?」
「とても可愛がっていました。」


「生き物の好きな子ですから。でも、死なれるのが辛いからと飼った事はないのですけど。」



集中治療室の前で名前を記入し、ガウンなどを身につけて中に入った。
あちらこちらから呼吸器やモニター音が響き、緊張した独特の雰囲気に飲まれそうになる。
その中をが居る個室へと案内された。


カーテンでベッドの足元しか見えない病室に足を踏み入れると規則的なモニターの音が聞こえていた。
近づくたびに鼓動が早くなる。
手塚はそっとカーテンに手を伸ばし、その内側に横たわっているを見た。


酸素マスクをつけた彼女は先ほどよりは僅かに色があるように見えた。
胸元からは点滴のチューブと共に赤や黄色の線も伸びている。
脇にはモニターが置かれ、心拍の波が音と共に刻まれていた。


目を閉じた彼女の頬に長い睫毛の影が落ちる。
あまりに頼りなく儚い姿に、手塚は声をかける事も出来ず立ち尽くしていた。


近くの部屋でナースコールが鳴り響いた。
その音に、の閉じた瞼がゆっくりと開いていく。


じっと見入る手塚を琥珀の瞳に映していくと、ふわっと微笑んだ。



「お前・・・」
「光クンを、お願い」


「光クン?」



唐突な言葉に手塚が眉根を寄せた。



「ネコちゃんの・・・名前なの。国ちゃんと光クン、なんか・・・アイドルみたいで・・・いいでしょ?」
「馬鹿な事を」



フッと手塚が笑うと、も嬉しそうに笑った。



「ご・・めんね?いっぱい、迷惑かけて・・・すみませ・・ん」
「記憶喪失も嘘だったんだな」


「悪い人に・・・追われてるんじゃ・・なくて、私を・・心配してくれてる・・・人に追われて・・た」
「何故、こんな無茶をした?」



手塚の質問には少しだけ口ごもった。
だが答えを待つ手塚の姿に、やや間を置いて答える。



「手術の・・成功率が・・・50パーセントだと聞いて・・ね。どうして・・も、国ちゃんに・・会いたくなった。」
「50パーセント?」


「そう。今までは・・・じわじわと・・いずれは人より・・・早くに・死ぬんだと思ってた・・けど、
 手術に・・失敗したら・・・直ぐに死んじゃう・・でしょ?思い残す・・・ことは、ひ・とつでも・・少なく、ね。」



苦しいのか、はぁと大きく息を吐くに手塚が止めようとした。
だが、手塚の気配を感じたが首を横に振った。



「あなたが・・・テニスしている姿・・とっても・・・素敵だった。
 病院の・・テレビで見て・たのよ。お日様・・と・・汗が・・とても良く・・似合ってた。
 この・・目で・・・見たかっ・・たのよ。本当は、テニスを・・してるとこ・・見たかったのに。
 あなた・・帰った後で・・ね。気の・・良さそうな・・人に嘘ついて・・あなたの住む・・場所を聞いたの。
 あれ、駄目よ。あんな・・・口の軽い・・スタッフは、」


「余程、お前の嘘が上手かったのだろう?」


「あは、そう・・かも。私も・・必死だった、しね。
 待ってたら・・雨が・・降ってきて・・子猫も・・雨宿りしてて・・
 子猫で・・暖をとろうと、したら、逃げ・・られて、車が・・・」


「もう分かった。分かったから、休むんだ。」



手塚はの毛布を肩の上まで引っ張ってかけてやった。
がニコッと笑う。



「ありが・・とう、国ちゃん。とて・・も、楽し・・かった。」



長く話したせいだろう。
顔色がまた悪くなって、声も途切れ途切れになっていた。


それでもは微笑んだ。
手塚は言葉が出なくなってしまった。



じっと手塚を見つめてくる瞳は澄んで、とても静かだ。
ジタバタしない。悲しんでもいない。絶望しているわけでもない。
ただ静かで、穏やかな目をしている



彼女は死ぬのか?



頭に浮かんだ言葉に愕然としている手塚がいた。



白衣のスタッフが入ってきた。面会の時間が終わったのだろう。
分かっていたが、手塚の足は動かなかった。


動かない手塚に、が細く白い手を出してきて顔の横で弱々しく振った。



バイ、バイ。



音にはならない。唇だけで告げてきた別れ。



咄嗟に手塚はの手を握った。
瞳を大きくするの冷たい指を強く握って言った。



「俺のテニスを見たいのだろう?なら、いくらでも見せてやる!治ったら・・・試合のチケットをやろう。
 だから諦めるな!諦めないとお前は言っただろう?いいか、絶対諦めるな!」


「国・・ちゃん、」


「太陽の光りの下で、お前もテニスを見るんだ。」





の目じりから涙が一筋こぼれていった。




















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