「おい、」



そう呼んでも子猫は反応せず、出窓に座って外を見ていた。
手塚は少し間を置いて。
今度は小さめの声で「光」と呼んでみた。


真っ白の耳をピクピクっとさせて振り返った子猫。
その瞳は、とても飼い主に似ていた。










     
you are my sunshine 8










手塚は時間を見つけてはの病院に通っていた。
キムラは
『マスコミに知られると、手塚に故障があるんじゃないかって勘ぐられるよ?』と
彼の病院通いに難色を示したが、強くは止められなかった。



が無茶をしたツケは大きく、手術の日程も決められない状態が続いている。



今日もは死人のように眠っていた。
モニターの音と酸素に加湿するための水音だけがする部屋で、
生きている感覚が曖昧になった姿で横たわる彼女は痛々しい。
手塚は確かめるかのように彼女の白い手に触れ、その冷たさに眉を顰めるのが常だった。



ふっと、夢から醒めたようなふうでの瞳が開いていく。
何度か瞬きして手塚を認めると、やはり何時ものように柔らかく微笑んだ。



「国ちゃん・・・今日も来てくれた、んだ。よっぽど・・・暇?」
「暇ではない。」


「そ?あ・・・言い忘れてた、事があって。」
「なんだ?」


「使いかけの、海苔。湿気る・・から、早く・・たべて、ね?」



明日の命も知れぬときに残り物の海苔の心配をしているに手塚の瞳が緩んだ。



「もう食べたぞ。」
「よかった。あれ・・・高かった、から。」



クスリと、が笑った。
一度だけの外出先で買った海苔が、あまりに高いと文句を言っていたの元気な笑顔が思い出される。


もう一度、あんなふうに笑って欲しいと思う。
ショッピングセンターをまわって、笑いながら買い物が出来る日を、もう一度と。



「お前が作らなくなったから、和食が食べられないのだが。」
「炊飯器・・・買った、ら?」


「いや。鍋で炊いたご飯の方が美味しい。」
「おこげ、がね。おい・・しいから、」


「そうだな。」



会話が途切れ、ただ見つめ合う。
この目の前の人が存在しなくなったなら、いったいどうなるのだろうか?
考えただけで胸がふさぐ。


たった数日間、共に暮らしただけの女性。
なのに今は手塚の心に大きな居場所を作ってしまっていた。



「今日は時間がないんだ。下でキムラが待っている。」
「そう、」


「また、明日くる。」



は答えずに、僅かに瞳を細めて微笑んだ。
彼女に背を向けて病室の出口まで歩き、振り返る。


は白い顔を傾けて、じっと手塚を見つめている。
そして、弱々しくも手を振った。


もう一度『明日くるから』と言い聞かせるように言って、手塚は病室を後にした。





地下駐車場に降りて、見慣れた車のドアを開いて後ろの席に乗り込んだ。
既にエンジンをかけていた車が静かに動き出すと、バックミラーに目を走らせたキムラがボソッと呟いた。



『酷い顔だな』



手塚は答えずに薄暗い地下のコンクリートに視線を流している。



『よりにもよって、彼女に恋をするなんて。お前は救いがたい馬鹿だよ。』
『・・・ああ。』


『同情なら、まだ救われるが。本気で彼女を愛したのなら・・・辛くなるぞ?』
『・・・分かっている。』



はぁ、とキムラは特大の溜息をついて、地下の駐車場から外に車を出した。


一瞬で視界は光りに溢れ、手塚は眩さに瞳を閉じる。
閉じても光りは薄い瞼を通し、手塚の視界を明るく照らした。



     国ちゃんは、煌く星。ああ、違うかな?
     そうだ、国ちゃんには太陽が似合う。輝く陽射しみたい。



屈託なく言った
いや。彼女にも、きっと太陽が似合うはずだ。
明るく、無邪気で、暖かい。だから、きっと。



自分は医者ではないから、直接に彼女を救う事はではない。
けれど、彼女の心を支える事ぐらいは出来るはずだ。



手塚は溢れる陽射しに包まれながら、そう思った。










医師による献身的な治療のお陰で、の体は持ち直した。
しかし、このままでは遠くない未来に彼女の命は尽きる。
救うには成功率が低くとも手術を受けるしか道がなかった。



「手術が、来週?」



いつものように見舞いにいった先で、の母親に告げられた。
自然と表情が厳しくなっていたのだろう。の母親も辛そうに目を伏せて頷いた。



「心不全が悪化しているんだそうです。今、手術しないと・・・もう手遅れになると言われました。」
・・さんは?」


「あの子は受けると言っています。迷いもない様子で、落ち着いていました。」
「そう、ですか。」



その日。には面会が出来なかった。
術前の準備という事で検査が色々とあるのだそうだ。
深々と頭を下げる母親に見送られながら帰る手塚は心を決めていた。


彼女が立ち向かうのならば、自分も共に。





『今度のトーナメントには参加しない。』



そう告げれば、斜め前に居たキムラが眉間を抑えて溜息をついた。
手塚を支えるスタッフ達が顔を見合わせる。



『肩が、そんなに悪いのか?』
『いや。もう、大丈夫だ。』


『だったら、何故?故障が怖いのか?』
『違う。俺の都合なんだ。』



スタッフ達が次々に質問を浴びせるが、手塚は多くを語らない。
一通りの質問が途切れた時、おもむろにキムラが口を開いた。



『本人が決めたんなら・・・俺たちは従うだけだけだよ。でも、せっかく上げてきたランキングに影響するよ?』


『別に、構わない。また、上げれば済むことだ。』


『だってさ、みんな。手塚は、やると言ったらやる男だから、俺たちも信じよう。
 丁度、いいさ。肩も休めて、この次の試合はベストコンディションで臨もう。
 そうすれば、優勝は間違いない。そうだろ、手塚?』


『ああ。』



ヨシ!とキムラが明るく手を叩き、その場で次のトーナメントに向けての調整が始まった。
手塚はキムラの隣に並ぶと、すまない・・・と小さく囁く。
キムラは不意打ちで手塚の脇腹に肘鉄を食らわすと、痛がる手塚を見て可笑しそうに笑った。
彼の明るさに救われる気持ちの手塚だった。





見慣れてきた病院の白い壁を見上げながら、手塚はを想った。
突然に拾ってしまった感情が本物なのか。
本当は今の自分にも分からない。
同情なのかもしれない。


でも、ここで彼女から離れてしまったら酷く後悔する気がした。
後悔をすると分かっていて見ないフリはできない。


答えは彼女の手術が成功した時に得られる。
そんな、気がした。



















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