You belong to me. 3
「、いいもの食べてるね。」
言うなり、紙ナプキンの上に広げてたクッキーがリョーマ君の指にさらわれていく。
「あ、あの、それ。私が作ったものだから、美味しくないかもしれなくて」
「手作りだから食べたいんでしょ。ごちそうさま。」
サラッと言うと、お世辞にも綺麗とはいえない形のクッキーを口に放り込む。
そして「甘っ」と顔をしかめると「次は甘さ控えめにしてくれる?」って言い残し去っていった。
「ねぇ、ねぇ。ちゃんと越前君って、どうなってるの?」
「どうって・・・同じ図書委員で・・それだけ」
一緒にクッキーを食べていた友達たちは私を覗き込むようにして訊ねてくる。
本当にそれしかない。
けれど最近は気安く声をかけてくれる彼がいて、名前も苗字での呼び合いじゃなくなった。
くすぐったい距離。期待してしまいそうな、甘さを含んだ遣り取り。
ちょっと夢を見すぎたのかもしれない。
片想いでいいと思っていたはずなのに・・・リョーマ君が優しくしてくれたから。
「でもさ、越前君ってカノジョがいるんでしょ?」
「え・・カノジョ?」
「ホラ、中等部にいる竜崎先生のお孫さん。あのコが越前君のカノジョだって聞いたことあるよ?」
「あ・・竜崎さん?えっと、竜崎桜乃。女テニにいるよね?今、どこのクラスだったけ?」
リョーマ君・・・カノジョがいたんだ。
高等部から入学してきた私が知らなかっただけ。みんなが知ってる事だったんだ。
馬鹿みたい。何を期待していたんだろう。
恥ずかしい・・・私。
リョーマ君の前で赤面したり、慌てたりして、変なヤツって思われなかったかな?
私の気持・・・バレてなかったかな?
「あ、でもさ。今も付き合ってるかは分からないよ?ほら、遠距離恋愛だったしさ。ね?」
「大丈夫よ。私とリョーマ君・・・そんなんじゃないし。
でも・・・誤解されないよう気をつけなくちゃね。」
気遣うような友達に、笑顔を作って浮かべた。
うまく笑えたのだろうか?
そっか、って話題を変えてくれた友達にホッとした。
このままリョーマ君の話を続けられてしまったら、泣いてしまいそうだった。
放課後。
帰りながら視線はテニスコートを追っていた。
男子テニス部のコートと通路を挟んで並んでいる女子テニス部のコート。
男子ほどではないにしても、女テニも関東大会ベスト8に入る強豪だ。
テニスという同じ目標をもってるんだ。
それだけでも切ないほどに羨ましい。
どんな人なんだろう、リョーマ君のカノジョ。
見てみたい。ううん、見たくない。
溜息をついて足を踏み出したところで、
校舎の角からテニスラケットを小脇に抱えたリョーマ君が現れた。
「、今帰り?」
「あ、うん。」
リョーマ君の笑顔。
今までと、ちっとも変わらないのに胸が痛い。
視線を自然には合わせられなくて、彼の赤いラケットに目を落としながら「じゃあ・・」と言いかけた。
「リョーマ君、待って!」
彼が出てきたのと同じ校舎の角から息を切らせてきたのは長い髪の女のコ。
ピンク色の可愛いテニスウェアが同じピンクのラケットと良く似合っていた。
「なに?」
「だから、来週の日曜日って。おばあちゃんが・・・」
「いいけど。詳しい話は後にしてくれる?」
「え?あ、ゴメンナサイ!」
リョーマ君の前に立つ私に気づいて、困ったように肩をすくめた彼女。
ウェアの胸に刺繍されてるネームは友達から聞いた名前。
ああ・・・この人なんだ。
「私の方こそ・・・ごめんなさい。
じゃあ、帰るから。サヨウナラ、越前君。」
不自然にならないよう、早足で校門を目指す。
はやく。はやく。はやく。
涙が零れてしまわないうちに。はやく。
好きだったの、ゴメンナサイ。
好きだったの、でも。
もう終わりにしなきゃ。
* * * * *
いきなり『好き』って言ってもいいんだけど、急すぎても駄目なのかな。
試合を組み立てるより難しいのかもしれない。
ま、ボールみたいに思った通りにならないからこそ、いいのかもね。
オヤジが酒に酔っては、言ってる事。
『女ってのは、押せ押せでも駄目だぜ?ちょっと引いたりもしつつ。
押したり、引いたりして、フラッとしてきたところをバクリと食う。これだ!』
後で母さんに説教されていたのは別として、あのオヤジが母さんと結婚できたんだから一理あるんだろう。
桃先輩は『押して、押して、押しまくるんだよ』って言ってカノジョいないんだから、
オヤジのやり方の方がいいのかもしれない。
とにかく自分からスキだって思ったのは初めてなものだから勝手が分からない。
結局は、俺は俺のやり方でやるんだろうけど。
はますます可愛らしくなった。
リョーマ君と遠慮がちに呼んでは俺の返事を待つ。
返事をすれば、瞬間で柔らかな笑顔を浮かべるんだ。
歌の歌詞とかで『君の笑顔は花みたい』とかってあるの意味が分からないと思ってたけど、やっと分かった。
が笑うと花が咲いたみたいな気持ちになるから。
擦れ違いざまに、ポンと触れる髪。
見上げてくる琥珀の瞳を見つめるたび、背が伸びて良かったって思う。
抱きしめたら、きっと俺の顎の下辺りに顔がくるね。
キスするのにも丁度いいかも。
あーあ。の気持ちが透けて見えたらいいのに。
脈はありそうだけど、失敗はしたくない。
絶対に手に入れたいからこそ、完全に俺を好きにさせなきゃ。
そんな事を考えてる矢先だった。
「おばあちゃんがね、時間のあるときに中等部のコートに顔を出してやって欲しいって。」
「なんで?面倒くさい。」
「後輩達に色々と見せてあげて欲しいんだって。
手塚先輩たちも時々は顔を出して指導してくれてたの。」
「ふーん。」
部室を出たところで竜崎に捕まった。
いつも竜崎先生の伝令で面倒なことしか言ってこないから、コイツは苦手。
先生、本気で俺に後輩指導が出来ると思ってるの?無理でしょ。
試合の相手ならしてあげてもいいけど、楽しめるぐらいの相手がいるのかな。
考えながらコートに続く角を曲がれば、カバンを持ったがテニスコートを見ていた。
ひょっとして俺を探してくれてる?
淡い期待をして名前を呼んだのに、俺を見たには花が咲かなかった。
それどころか俺の目を見ない。変な違和感。
どうしたの?
聞こうとしたところで、後ろから追いついてきた竜崎の声が邪魔した。
つい冷たく「なに?」と言ってしまう。
に言った訳でもないのに、ビクッと体を揺らしたのを見逃さなかった。
謝る竜崎に、も謝った。
とても遠慮がちに。
まるで、怯えるかのように。
「私の方こそ・・・ごめんなさい。
じゃあ、帰るから。サヨウナラ、越前君。」
サヨウナラ?越前君?
ちょっと待ってよ。
なに、それ?
足早に遠ざかるの背中に、俺の中の何かが動いた。
You belong to me. 3
2006.09.27
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