泣く母さんをなだめ、寝かせた後、僕は自分の部屋に戻った。
大きな家に見合う、大きな部屋だ。
こんな部屋を僕が持てるのも・・・と考えそうになり、僕はブルブルと頭を振った。
今はその事を考えたくなかった。
部屋の端にある勉強机と椅子。
僕はその椅子に座り、机の中から使っていないノートを引っ張りだした。
取りあえず、僕はとうさんが語った『魔法使い』の能力を確認しようと思っていた。
“GAME―パラレル―”で魔王を倒した後、パーティが開かれた。
そのパーティは満員電車のように人がすし詰め状態だったというのは、以前にも話したと思う。
身動き1つとれず、あまりにも暇だったため、パーティの間ずっと僕は魔法の本を読んでいた。
そう。
だから今この瞬間、僕はあの本に書かれていた呪文全てを記憶しているのだ。
僕は取り出したノートに、覚えている限りの呪文を全てノートに記した。
これで現実世界「魔法の本」の出来上がりだ。
無くした時の為に、もう1冊書き写しておこう。
完成したノートのうち1冊を持って、こっそりと僕は部屋の外に出た。
庭で呪文を唱え、その威力を検証しようと考えたからだ。
兵士が門前で警備しているとはいえ、外が物騒な状況である事には変わりない。
だから、本当は庭に出るのでさえ危険かもしれない。
だけど、火事を引き起こすかもしれない呪文を屋内で使うわけにはいかなかった。
玄関の前で例のハチマキを身につけ、僕はこっそりと外に出た。
ここに戻ってきた時よりも夜は深まっていた。
そして数時間前、月にかかっていた黒い雲は霧散していた。
僕が見上げた空の上に半分に欠けた月が見えた。
丸い月を眺めて座談会をしたのは、ほんの少し前のはずだ。
それなのに、かなり昔の出来事のように感じる。
その時、僕の側にいた人は今は誰もいない。
僕がそうなる道を選んだからだ。
・・・いや、僕はまだ選びきってはいないのだろうか?
そんな事を考えつつ、僕は庭にある池に到着した。
今は鯉等の生き物を飼っていないから、ココで呪文を使っても何かに被害が及ぶ事はない。
僕は池に左右の手のひらを向けた。
杖がない今、魔法がどの場所から発生するかがわからない。
だけど、今まで読んだ本を参考にすると手のひらが妥当な気がした。
まさか尻や目から魔法は出ないだろう。
「“あらゆるものを燃やし尽くす力を持つ炎の精霊よ。
あなたの一滴の力を今ひととき我に貸したまえ。プチファイヤー”」
小さな声で呪文を呟くと、僕の右の手のひらから炎が噴き出した。
不思議と手のひらが火傷になることはなかった。
なるほど、右手から魔法が出るのか。
それならば左手にノートを持てば、呪文の影響は受けない。
魔法の強さも仮想世界と違いはないみたいだ。
ということは、最強魔法を使えば・・・。
検証も済み、僕は玄関まで戻ってきた。
できるだけ音をたてないようにしてドアを開けたが、丁度ユミさんが目の前にいたので無意味だった。
彼女は僕の顔を見るなり、手にしていたモップを落とした。
「ぼ、坊ちゃん。一体どうしたのですか、その格好?」
格好?
赤いハチマキを身につけただけなのに、何故ここまでユミさんはうろたえているのだろうか?
その疑問には、玄関横の鏡が答えてくれた。
鏡の中の僕は髪色がまっ青。
瞳の色は薄い赤。
ゲームの時と全く同じ外見だ。
これは確かにユミさんがうろたえても仕方のない容貌だ。