「お、お前達どうした。何故動かない?」

 動揺のせいか、うわずっている声が建物の中から聞こえた。

「いくら揺すっても動きませんよ。
 そういう魔法ですから」

 ドアを開けて、僕はそう言った。

 うわずった声を発していた主は視線だけを僕に向けた。

開く扉

 僕がドアを閉めるのとほぼ同時に、声の主は身体も僕のいる方向に向けた。

「・・・どういうつもりだ?ワタシは下の奴らを燃やせと言ったはずだ」

 声の主、郡藤王我。
 つまり、とうさんは憎々しげな顔で僕を見つめた。

 その視線と向かい合いながら僕は話を続けた。

「先程とうさんに声をかけました。ですが、取り合ってもらえませんでした。
 だから少し手荒な方法をとったんです。
 すみません、とうさんと話がしたかったものですから」

 言葉で謝りながらも、僕は視線をとうさんからそらさなかった。
 そらすわけにはいかない。

 でないと、とうさんの視線に僕の決意が負けてしまう気がする。

「僕が使った魔法は、僕が頭に浮かべた人以外の時間を止める魔法です。
 今この付近で活動できるのは僕ととうさんだけになっています」

 僕は先程“ストップ”という呪文を使った。

 呪文の有効範囲というものがあるため、世界中の人が停止しているわけではない。
 でも現在、屋上にいた兵士や下で戦っていた王我軍、政府軍の兵士の両方は固まっている。
 とうさんが揺すっていた兵士のように。

 僕が考えるには、本当に彼らの時間が止まっている訳ではないと思う。
 彼らの動作と思考を停止させるように呪文が働いているのではないだろうか。

 不愉快そうな顔のとうさんはハァとため息をついた後、ゆっくりと口を開いた。

「で、こんなことをしてまでワタシと何の話がしたかったんだ?」

 僕は意を決し、とうさんに向かって深々と頭を下げた。

「すみません、僕はとうさんの期待に応えられません」

「・・・なんだと?」

 不愉快そうだけれど、どこか余裕が見て取れたとうさん。
 その声が先程の“ストップ”の呪文を使われた時の動揺した声よりも更に上ずっていた。

 僕は頭を下げたまま言葉を続けた。

「とうさんには色々としていただきました。
 だから、とうさんの願いを断る事がどんなに恩知らずなのかわかっているつもりです。
 それでも、そうだとしても・・・」

 そこまで言って、僕は頭を上げてとうさんを見た。

 険しい顔だ。
 怒りの感情が表情に出ている。

 それでも僕はとうさんから目をそらさなかった。



 昨日とうさんの部屋に入り、わかった事がある。

 それは、とうさんのクーデターについてだ。

 昨日鏡の前で自分がどうするべきかを決意した後、僕はとうさんがクーデターを起こした理由を知ろうと思った。
 その時はまだ、クーデターの理由が「正しい」と思えるものならば協力する気が僕の中にあったのかもしれない。

 極秘な計画であり、居住場所である自分の家にクーデターに関連する何かがあるのかはわからなかった。

 それでも僕は荒らした痕跡が残らないようにしながら、引き出しや棚を必死に探した。

 その結果、今思えばクーデターの事を指していたのだとわかる書類を少しだけ見つける事ができた。

 書類の日付から考えると、かなり昔からこの計画は立てられていたようだ。
 計画のために確保する場所や物についての書類であり、計画の詳細はここにある物だけではわからなかった。

 書類の冒頭には「国民を救う」やら「外国との関係に革命を」等のクーデターを起こす理由が色々と書かれていた。
 でも、その理由は書類によってバラバラで統一性がなく、表面上の『綺麗事な』理由である事が明白だった。

 それらの書類の間から小さな古いメモが落ちた。

 そのメモを拾い見て、僕はこう思った。

 おそらく、このクーデターは私欲によって発生した。

 とうさんが自分の力で国を動かす事を夢見た。
 そして、それに従う事で利益を得ようとする人がいた。

 自分の利益のためだけに、争いを起こす。

 それは本当に「魔王」のような行為だ。



 だから、だから僕は。

「僕は今のとうさんに協力する事はできません」

 これが僕が昨日悩みに悩んで出した結果だ。

 とうさんの行為に「正義」はない。
 かといって、僕の行為にだって「正義」はない。

 僕の決意はなんて恩知らずな事だろう。
 地獄に落ちるような罪深い事かもしれない。

 そうであったとしても、日々を幸せに過ごしていた人々を殺す兵器になるよりは遥かにマシだと、今はそう思える。

 今も僕の部屋の机の上に、この気持ちを強くさせたあのメモが置いてあるだろう。
 “この国を私の手に”と書かれたメモが。

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