その時、近くからガタンと物音がした。

 反射的に物音のした方向を向く。

 誰かが気づかないうちに接近していたのか?
 そうだとすると、すでに魔法の効果がきれているかもしれない。

 今も銃声は聞こえない。
 しかし、それが魔法の効果が続いているという証拠にはならない。

 一応“GAME―パラレル―”での能力を発揮できるように、オレはサングラス、由宇香ちゃんはブレスレットを身につけてはいる。

 でも所詮は遊び心の職だ。
 少し強くなるとはいえ、戦闘教育を受けた兵士に敵うかは疑問だ。

 周囲に気を配りながら、オレと由宇香ちゃんは物音のした方にゆっくりと近づいた。

 すると、突然ゴミ箱の横から大きな影が飛び出した。

「や、やめてくれぇ〜!撃たないでくれぇ!」

 大きなバックを持ったおっちゃんだった。
 どうやら兵士ではなくて逃げ遅れた人らしい。

 戦闘をしていた兵士の集団は今も石像のように固まっていた。

 理由はよくわからないが、このおっちゃんには力の魔法の影響が及ばなかったらしい。

 オレと由宇香ちゃんはホッとため息をついて、
「撃つも何も、オレは銃なんて持ってないよ」
と手の平をヒラヒラさせながら、おっちゃんに近づいた。

 しかし錯乱状態に陥っているおっちゃんは「ひえぇ」と情けない声をあげながら、ペタンと座り込んで後ずさった。

「助けてくれぇ、何でもする、何でもするから!」

 美しいお姉さんならまだしも、中年のおっちゃんにしてほしいことなど何もない。

「か、金!金ならたくさんある!これで見逃してくれぇ」

 おおぅ。
 びっくりした。

 おっちゃんが大事そうに持っていたバックをガバッと開くと、そこには大量の札束があった。

 なんかわかった気がするぞ。
 このおっちゃん、ありったけの金をかき集めて、バックに詰めているうちに逃げ遅れたな。

 お、いかん。
 あまりの札束の量によだれがたれそうになった。

「よだれ、落とさないでね」

 すかさず由宇香ちゃんのツッコミがはいった。
 しまった、よだれがでているの見られたか。

ダラリ

 口元を拭いながら、オレはまだビクビクしているおっさんにできる限り優しく語りかけた。

 この錯乱したおっちゃんをこのまま野放しにしたら、どこかで殺される可能性が高い。
 それはオレにとって、非常に後味が悪い。

「なあ、おっちゃん。その金がこの状況で何の役に立つ?
 こんな普通の経済が成り立たない場所じゃ、そんなもんただの紙切れだよ」
と、その紙切れのために逃げ遅れただろうおっちゃんを諭そうとした。

 そして、その自分の言葉でべっこりへこんだ。

 そうだよ。
 この場所では金はただの紙切れなんだ。

 例えば、こういう場所で飯を食ってる奴に札束を出して、今食ってるものを売ってくれって言っても無理だろう。
 このオレでも、いつ使えるようになるかわからない紙切れよりも、明日を生きるための食い物を選ぶ。

 つまりこの場所では経済活動が成り立たないのだ。

 オレは金が大好きだ。

 しかし、それは人の顔と数字が印刷されたピラピラの紙切れが好きなわけではない。
 丸くて平らな金属に頬ずりしたいわけではない。

 オレが好きなのは、物々交換のできる価値がある紙と金属。
 経済活動の基となる金が好きなのだ。

 それ以外の使い方などあるわけがないし、あったとしてもオレはその使い方を認めない。

 しかし、この場所にはオレの好きな金は無く、あるのは何の役にも立たない紙切ればかりだ。

「どうしてあなたが落ち込んでいるのよ?」

 ベンと後頭部を由宇香ちゃんにどつかれた。

 イカン、おっちゃんを落ち着けようとして自分がへこんでいた。

 いきなり落ち込んだオレを見て、おっちゃんもキョトンとしている。
 考えていた方法とは違うが、おっちゃんをなだめるのには成功したようだ。

 後頭部をさすりながら、オレは腰をぬかしているおっちゃんに手を伸ばした。

「オレ、ココよりも安全な場所知ってるよ。そこまでの道を教えよっか?」

 おっちゃんが差し出した紙切れにオレ達の両親がいた学校までの簡単な地図を描いた。
 オレ達がココに来るために使ったルートだったら、誰にも会う事なく目的地までたどり着けるだろう。

 何せ『盗賊』神楽のお墨付きだ。

 一緒に行かないかと誘われたが、神楽ちゃんと力がまだ戻ってきていない。
 丁重にお断りした。

 何度もありがとうと言いながら、おっちゃんは去ろうとした。
 そのおっちゃんのバッグを、オレはグッとつかんだ。

「悪い、おっちゃん。ちょっと貸して欲しい物がある」

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