「そういうわけだ。王我は現実世界には戻れない」
長老は静かに立ち上がり、パンパンと服を払いながら、そう言った。
そして、微笑んだ表情を僕達に向け、こう続けた。
「だから、現実世界にはあんた達だけで戻るんだ」
笑顔だった。
だけど、寂しそうにみえた。
長老とは逆に、僕は真剣な表情で長老に訊ねた。
「長老は?」
これは当然長老は現実世界に戻らないのか、という意味だ。
僕の問いに長老は一瞬真剣な顔になった。
だけど、すぐに元の笑顔に戻った。
「さっきの話を聞いただろ。
元がどうであれ、今は俺もゲームキャラクターだ。
現実世界に戻るなんていう概念自体ない」
「母さんは?
母さんは今でも帰りを待ってる」
長老はそれを聞くと俯き、僕に背中を向けてしまった。

そして、先程の現実世界に戻る話を進めだした。
問いには答えなかった。
「本当なら今からあのゲームクリア祝いのパーティが始まる。
が、あれをまたやるのはきついし、そんな事してる場合じゃないよな。
今回は特別に今すぐ現実世界に戻してやるよ」
長老が腕を一回クルッと回した。
すると、僕達の周りが輝きだした。
周りの風景が波立ってくる。
待ってくれ!
まだ僕は戻りたくない!
戻りたくないんだ!
波立つ風景の中に長老の姿が見える。
僕達の右方向に体勢を向け、視線は少し上向きだ。
そして、その状態で僕達に言っているのか独り言なのかよく分からない話をし始めた。
「王我には嫌がらせでああ言ったが、
このゲームは2度と誰も立ち入れないように俺が内側から封印する。
現実の世界で扱うには危険すぎるみたいだからな。
だから…あんた達ともこれでお別れだ」
そんな!
せっかく会えたのに。
僕は波立つ世界の中で必死にもがく。
その中で寂しげな長老の横顔を見つけ、今更僕は気がついた。
いや、どうして僕は今まで気付けなかったんだ。
長老の容貌、あれは僕だ。
小さい頃の僕そのものだ。
この違和感に早く気がつけば、長老の真実に到達する糸口になったかもしれなかった。
そうすれば、色々な事を語り合う時間があったかもしれなかった。
この短期間で僕は様々な事実を知った。
ショックも受けた。
その中にあっても、一滴も流れる事のなかった液体が僕の目からこぼれていた。
今までの衝撃がココで一気に表面に出たのか。
それとも、最後の最後に知った事実があまりにも辛すぎたのか。
それは僕自身にもわからない。
だけど、頬を伝い、液体は流れ続けた。
波立つ風景と相まって、更に目の前の光景がよく見えない。
それでも、目の前の人が本当に消えてしまわないように僕は必死にもがいた。
突然何の脈絡もなく、長老が語りだした。
「力って名前な、そうしてほしいって俺が頼んだんだ。
俺自身があまり力強くない…というかどちらかというと貧弱だったからさ、
せめて息子にはたくましくなってほしいと思ってつけた名前だったんだよ。
けど、思いっきり名前負けしてしまったみたいだな」
タハハと笑う声が聞こえた。
この話題は今までも何回か挙がった。
その度に僕は名前の事は放っておいてほしいと思っていた。
たまには実際に文句も言った。
「…っ」
だけど、今は口から言葉が出てくれなかった。
出るのは、目からばかりだ。
「母さんにもまだ帰れそうにないって謝っといてくれ」
やめてくれ。
今はそんな言葉聞きたくない。
聞きたくない!
僕は現実世界に戻った後、家族3人でそんな他愛もない話をしたいんだ!
長老に向かって必死に手を伸ばす。
その手をつかみ、長老がポツリとつぶやいた。
「ごめん…な。側にいられなくて」
その言葉に弾かれるように、僕はある単語を口にした。
「父さん!」
同時に周囲は暗黒となった。
僕の言葉は長老の元に届いたのだろうか?
僕は闇に向かってほえた。
「見てろ!
きっとあなた達をその世界から連れ戻す!」
そうだ、まだ何も終わってなんかいない。
終わってなんかいないんだ!
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