6.座談会は月夜の下で


 すさまじい戦闘能力はさておき、最終的には明日魔王の城に向かいゲームクリアをすることに決定した。

 今はみんなが旅館の自分の部屋で眠っている。
 長老が大量のお金も緊急用プログラムで用意してくれたので、今日は初めての1人1部屋だ。
 この部屋には僕以外誰もいない。

 これでこの世界で休むのも最後だと思うと眠るのが少しだけ惜しくなる。
 ちょっと前まではクタクタに疲れ果てて、グッスリ眠りたいと思っていたのに。
 僕も現金だな。

 この“GAME―パラレル―”の世界に来て、約一週間しか経っていない。
 だけど、それなりにこの世界に愛着がわいていたんだと自分で自分の感情にしみじみとしてしまった。

 しかし、その愛着の感情以上に元の世界に戻りたいという思いが僕の中では強い。

 早く戻って、早く勉強をしなければ。

 そして早くとうさんの役に立つんだ。

 目を閉じる。
 右、左と体の向きを変えてみる。
 ゴロゴロと転がってみる。

 眠れない。

「仕方ない、散歩でもしてくるか」

 僕は独り言を呟き、ベッドから起き上がった。

 他の部屋のみんなを起こさないように静かにドアを開け、廊下に出る。

 廊下は窓から光が差し込み、照明なしでも大丈夫なようだ。
 窓の外には丸い月。
 静かな光・・・とでも言うのだろうか。
 太陽のように暗闇を消し去るほど強いモノではなく、僕をほんのわずかに照らす光が空から地面にそそがれている。
 ココが僕達の住んでいる世界とは違う事を忘れてしまいそうなほど、空は現実の世界とそっくりだ。
(地面を見ると、ひびわれていたり、クレーターができていたり、山が消し飛んでいたりして世界が違うことを実感するが)

 できるだけ音をたてないようにしながら外に出て、僕は草むらに腰を下ろした。
 何も考えず、ぼんやりと月を眺める。

「きれいな月ですね」
「うわっ!」

 いつの間にか僕の右隣に長老がチョコンと座っている。
 驚いた。

 僕の驚きの様に何の反応もせず、長老は訊ねた。

「あなたの世界でも月はこんなに綺麗ですか?」

 長老も先程の僕と同じようにぼんやりと月を眺めている。
 僕も再び月を眺めながら答えた。

「そうだね。でも常にこんな丸ではないかな」

 この世界の月は常に丸だ。
 欠けたりはしない。
 常に真円を描き、美しく輝いている。

「そうでした。あなた達の世界の月は満ち欠けするんでしたね」

 長老がゴロンと草むらの中に寝転がった。
 それに倣い、僕も草むらの中に寝転んでみた。

月夜のベッド

 点々と輝く星と丸い月。
 こんな空を今まで僕は見たことがあっただろうか?

 いや、おそらくない。
 空を見る暇があれば、僕は絶対に勉強をしていた。

「どうしてあなたは早く元の世界に戻りたがるのですか?」

 寝転がり、空を見上げたまま唐突に長老が訊ねた。

 何故僕が早く現実世界に戻りたがっている事を知っているのだろうか?
 少し考えると、簡単にどこからの情報かは予想がついた。

「もしかして、ブンから聞いた?」
「はい」

 やはりそうだったか。

「他にも何か聞いたりしてないよね?」

 僕は探りを入れてみた。
 空を見上げたままで長老は答える。

「いいえ、特には。
 あ、でも体力がありそうな名前だけど見事に名前負けしているとは聞きました」
「・・・」

 もう名前の事は放っておいてほしいと願う気力すら無くなってきた。

 とりあえず、話題を名前から逸らすために僕は先程の話に立ち戻った。

「まあ、それはいいとして、さっきの話に戻るよ。
 確かに僕は早くに現実世界に帰りたい。
 でも帰りたがっているのは僕だけじゃないと思う」

 これは事実だ。
 鷹貴も早く現実世界に帰りたいと言っていた。
 神楽も由宇香さんも帰りたいとは思っている。

「確かにそうみたいですね。
 でも特にあなたが強く戻りたいと願っていると聞きました」
 表面上はみんなの前でそんな態度は見せないらしいですけど、と長老は付け足した。

 確かにそうかもしれない。
 神楽と由宇香さんは戻りたいけれど、今すぐ、一刻も早く戻らなければという感じではない。
 鷹貴も当初は僕と同じぐらい戻りたいと思っていただろう。
 しかし、この世界のもの珍しさに興味を持ち、以前ほど帰りたいとは思っていないようだ。

 つまり、現実世界に戻りたいと焦っているのは僕だけなのだ。

「・・・はやく戻って勉強がしたいんだ」

 ごまかさず、簡潔に僕は答えた。

「どうしてですか?勉強というものはそこまで急いでやるものなのですか?」
「普通はそこまで急がないよ」
「それでは、どうして?」

「早く勉強をして、早く学校を卒業して、早くとうさんの役に立ちたいんだ」
「とうさんの?」

 長老がそこで初めてキョトンとした顔を僕に見せた。
 何故そうまでして父親の役に立ちたいのか知りたいという顔だ。

「それには込み入った事情が・・・」
「込み入った事情とは?」

 おぉ、すかさず質問が返ってきた。
 大抵の人はこういう言い方をすると踏み込んじゃいけない領域だったのかと話を逸らす。
 それなのにこの人はめげずに突っ込んでくる。

 まあいいか、長老はココの世界の人だし。

「とうさんには数え切れない恩があるんだよ。
 とうさんは実の父親に捨てられた母さんと僕を助けてくれた」

「・・・ということは“とうさん”というのは」

「そう、義理の父だよ」

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