「へー、知らなかった。だから早く帰りたいわけね」

 突然頭上から声がした事に驚き、長老と僕は起き上がった。
 即座に後ろを振り向く。

 そこには神楽がいた。

「ヨッ」
と言いながら彼女は小さく右手を挙げた。

 そしてドスッと僕の左隣に座った。

 どうやら彼女も寝付けないらしい。

 先程の僕達がしていたように、神楽も月をぼんやりと眺める。
 その様子につられて、僕達も月をぼんやりと眺めた。

 その時、神楽がボソッと呟いた。

「ちょっとうらやましいかもね。義理でも尊敬できる父親がいてさ」
「え、神楽の両親は?」

 神楽の言葉に対して、反射的に質問してしまった後に少し後悔した。

 そんなこと訊いてよかったのだろうか?
 もし亡くなっていたらどうするんだ。

 僕の心境を察したのか神楽はあっけらかんと話した。

「何か勘違いしてない?わたしの両親は生きてるよ。しかも実の両親が」

 うむむ、これは気を揉みすぎたか。

 でも神楽のこの寂しげな表情は一体何なんだ?

「実の両親は生きてるよ。だけど、2人ともけっこう有名な俳優でさー。
 仕事が忙しいからわたしのことはほったらかしなんだな、これが。
 わたしが何したってホント無関心なんだよね」

 神楽が自分の両親の事を話している。

 しかし、今現在の僕の脳みそは全く別の事を考えていた。

 僕は今、月明かりに照らされる寂しげな神楽の表情はとても綺麗だと考えてしまっている。

綺麗な神楽

 神楽の両親は芸能人なのか。
 だから神楽も綺麗な顔立ちをしているのかもしれないな。

 ・・・全く何考えているんだろうな、僕の脳みそは。

 前々から思っていたことだけど、僕はこんな風に神楽の顔が綺麗だ、綺麗だと思ってしまう事が多い。
 ということは神楽の顔は僕の好みど真ん中なのだろうか。

 そんな邪な考えを拭い去ろうと僕は現在の脳内とは異なる質問をした。

「『何をしたって無関心』って一体何をやったの?」

 即座に神楽は答えた。

「万引き」
「・・・」

 だから彼女の職業は『盗賊』なのだろうか?

「まあ、1回だけなんだけどね」

 神楽が付け足すように言ったが、1回で充分だと思う。

「しかもその1回目ですぐに店の人に捕まったしね」

 ああ、捕まったのか。
 だから1回だけで収まっているのだろうか。

「だけど、この時ですら2人ともわたしを引き取りに来なかった。
 あれはさすがにショックだったなー。
 あの2人にとって、わたしはどうでもいい存在だという事を決定的に突き付けられたよ」
「・・・」

 「そんな事ない」と僕は言いたかった。
 だけど今の話を聞くと、そんな事ないなんて言葉はどうにも嘘くさい。

 だから何も言えず、手を微妙に上げ下げしながらオロオロしていた。

 そんな僕をしばらく見た後、神楽はアハハと笑った。

「ありがと、いいよ別にフォローしなくても。
 でも、力あんたって正直者だね。
 適当にそんな事ないよとか言っておけばいいのに」

「いや、あの・・・」
とまだオロオロしている僕の背中を神楽は思いっきりバンと叩いた。

 痛い。

「わたしの家庭の事情も話したよ。これでおあいこ」

 ああ、そういう事だったのか。
 さっき神楽は僕の家の話を聞いてしまっていた。
 だから神楽は後ろめたかったんだ。

 僕の家の話を聞いてしまったからといって、自分も話す必要はない。

 だけど神楽は僕に話してくれた。
 万引きをしたなんて話しづらい事まで。

 神楽は万引きをした事があると語った。
 それでもきっと神楽は悪い人ではない。

 万引きも親を試すためにやったのかもしれない。
 それで自分の望む結果が得られなかった。
 だから万引きをしたのは1回だけなんだ。

 きっとそうだ。

 神楽は寂しかった。
 そして、その寂しさをぶつける所を少し間違っただけなんだ。

 僕はそう信じる事にした。

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