「全員親子関係で苦労しているみたいですね」
長老がしみじみと言った。
その時になって、長老の頭上にブンがチョコンと乗っている事に気がついた。
どうやら、長老の頭を寝床にしていたらしい。
僕達の先程までの聞いていたようで、複雑な顔をしている。
「ホントだね。みんな大変そうだよ」
長老と同じくブンもしみじみと言った。
いつの間にか月夜の下に全員が集合していた。
「でも家族がいる事が僕には羨ましいな。
ゲームキャラクターの僕達には家族なんて絶対できないもん。
そうだよねぇ、長老」
「え?あ、ああ、そうですね」
いきなりブンに話を振られ、長老は慌てふためきながら答えた。
ゴホンと1つ咳払いをして落ち着きを取り戻した後、長老は話を続けた。
「みなさんそれぞれ複雑な親子関係のようですね。
でも、その微妙な親子関係でも僕には羨ましいです。
ブンの言った通り、僕にはもう家族なんて作れませんし」
その時の長老はとても悲しげに見えた。
家族に置いていかれたまま見つけてもらえない、迷子の子供。
そんな感じだった。
「だから、僕から見ると『楽しい家庭』を作るためには、
みなさん自身ももう少し努力して欲しいと思ってしまいます」
「そんな事言ってもさ、そんな家庭を親の方が作る気ないんだよ。
それじゃあ、どうしようもないって」
神楽がボソッと小さな声で文句を言った。
それを聞いて、長老はチッチッチッと言いながらひとさし指を振った。
妙な仕草だ。
「あなた達の親はまだ見込みがあります」
「どうしてそんな事が言えるわけ?」
神楽は即座に質問した。
僕達は現在この仮想世界で遭難していると言っても過言ではないだろう。
それなのに今までの約1週間、現実世界からのコンタクトが一切無い。
家族が心配しているという言葉1つすら聞く事ができていない。
この状況で『楽しい家庭』を作る見込みがあると、神楽が信じられないのは無理のない事だろう。
とうさんを心底信頼している僕にも不安があるのだから。
「さあ?どうしてでしょうね」
長老の顔が意地悪な笑顔の形に歪む。
神楽の質問に明確な答えを返さなかった。
それ以上は自分達で考えなさい、という事らしい。
「さあ、明日は大変な日になりますよ。そろそろ眠りましょうか」
長老がパンパンと手を叩き、この座談会はお開きとなった。
「長老って口うるさいお袋みたいだな〜」
鷹貴が長老によって自分の部屋に押し込まれながら文句を言った。
鷹貴の顔は半笑いなので冷やかしているのだろう。
むきになっている訳ではないと思うけれど、長老はすかさず返事をした。
「当たり前です。僕は長老ですよ。あなた達より年上ですからね」
「そういう設定になってるだけだろ」
鷹貴のこの冷やかしにはむきになって答えた。
「そんな事言っては駄目ですよ!夢が崩れるじゃありませんか」
さっきは自分で言ってたくせに。
「それに僕は男ですよ。せめて父親にして欲しいです」
長老はニッコリと笑い、鷹貴の部屋のドアを閉めた。
ハイおやすみ、ハイおやすみと長老はみんなを部屋に押し込めていった。
次は僕の番だ。
「長老、本当に母親みたいだよ」
「・・・だから、せめて父親にして欲しいって言ってるじゃないですか」
アハハと笑う僕に長老がぼやいた。
「ハイ、力さんも早く自分の部屋に戻りましょう!」
「ハイハイ。戻りますって」
僕は素直に自室に入った。
僕の部屋のドアを閉める前に長老が僕を引き止めた。
「力・・・さん」
「え、何?」
少し躊躇した後、長老は微笑みながら言った。
「明日頑張ってください」
「うん、ありがとう。頑張るよ」
ありがたい応援の言葉に僕は満面の笑みで答えた。
「あ、後は勉強も頑張ってください」
「それも現実世界に戻ったら頑張るよ」
僕は長老におやすみと言った後、ドアを閉めた。
明日ゲームをクリアして、僕は現実世界に戻る。
魔法も魔物もいない世界に戻る。
そして僕はとうさんのために勉強を再会するんだ。
窓から見える丸い月に、僕は現実の世界に戻れるようにと願った。
そして現実世界に戻った後に長老が言っていた『楽しい家族』を神楽や鷹貴、由宇香さんが作っていけるようにと願った。