「あれが魔王?」
「そう、あれが魔王だよ」
ブンが僕の問いに答えた。
まあ、あの場所に座っている時点で予想はついたけど。
しかし、魔王を「あれ」扱いして良いのだろうか?
「よくぞここまでたどり着いたな」
僕達を見下すような視線を浴びせたまま、魔王は言葉を発した。
「脆弱な者どもの力をこね合わせ、かろうじてここにたどり着いたようだな」
いや、それは違う。
大勢どころか4人の力さえ、ろくに合わさっていない。
「しかし、その奇跡もここまでだ。愚かな人間の生き残りよ」
魔王の演説が延々と続く。
まだ終わらないのだろうか?
段々と魔王の話が学校の朝礼の「校長先生のお話」に聞こえてきた。
そういえば、以前どこかで噂を聞いた事がある。
朝礼において、校長先生には何分話すというノルマが課せられているそうだ。
だから、そのノルマを達成するために、校長先生の話は異様に長いという。
つまり「校長先生のお話」が長い事に関して、校長先生自体に罪は無いというのだ。
もちろん単に長話が好きなだけの校長先生もいるとは思うけれど。
この噂は事実なのだろうか?
そんな感じでこの場面とは全く関係の無い事を考えていると、由宇香さんがガクッと膝をついた。
貧血だろうか?
状況がますます「校長先生のお話」だ。

「ちょっと、能書きはいいからさ、さっさと始めない?」
と神楽が言っても魔王は少しも動じない。
神楽の言葉を全く無視し、話し続ける。
この反応の薄さ、もしかして・・・
「ブン、この魔王に学習機能はついていない?」
と僕はブンに訊ねてみた。
ブンは小さく頷き、僕の耳に近寄ってボソボソと話し出した。
その間にも「魔王のお話」は続いていたけれど、そんなものはもう無視だ。
「最初はついていたみたいだよ。でも途中で撤去されたんだ」
「えっ、撤去?撤去の理由は?」
「魔王は悪役のトップであり、1番のやられ役でもあるよね。
その人物に人格の元となる学習機能をつけてしまうとどうなると思う?」
悪役のトップねぇ。
学習機能をつければ、悪役だから必然的にあくどい事を考えそうだ。
しばらく、ウ〜ンと唸った後に僕は考えをそのまま口にした。
「悪い事を考える・・・かな?」
僕の答えに、またもやブンは小さく頷いた。
「そう、それにやられ役にうんざりする可能性もある。
そうなると妖精村の長老みたいに予定外の行動を起こす可能性もあるでしょ」
魔王がやられ役にうんざりして、予定外の行動を起こす・・・。
例えば、苦労してこの城の最奥地にプレイヤー達がたどり着いた時、既に魔王が逃亡して不在、なんて事が起こるのか。
それは嫌だな。
「なるほどね、だから魔王はただのゲームキャラクターなのか」
「そういうこと」
魔王に学習機能がついていない事に僕が納得している間に、しびれを切らした神楽は魔王に攻撃をしかけていた。
しかし、話の途中で攻撃はできないように魔王の周囲には見えない壁があったようだ。
神楽は癇癪を起こして、見えない壁を何度も何度も切りつけていた。
「さあかかってこい、貴様らの愚かな希望など私が消し去ってくれるわ」
15分程して、やたらに「愚か」という言葉を連呼する「魔王のお話」が終わった。
「行くよ皆、最終戦だから気合入れよう」
ブンがそう言っても、僕達を取り巻く空気は微妙なままだ。
先程の険悪なムードの後、何のフォローもしなかった(というよりはできなかった)からだ。
しかも神楽は見えない壁を切り続けていたため、既に疲れている。
・・・本当に不安だ。
魔王が背中の蝙蝠のような羽をひろげて空に舞い、最終戦は開始した。
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