そんな思考に囚われている間に、奴は脱兎の如く部屋を飛び出した。

 ちくしょう、脳内会議開催のせいで、また後手に回ってしまった。

 おれもすぐに後を追い、部屋を飛び出した。



 廊下に出ると、奴の後姿を確認できた。
 奴は東の方向に向かって逃げている。

 この宿屋は無用のトラブルを避けるために特別な要望が無い限り、男は東側の端から女は西側の端から部屋を割り当てている。

 つまり、奴が向かっているのは男部屋だ。

 少しだけ安心した。

 奴は、ルシャラ達女性陣にあの本を晒し、おれを貶めるつもりは無いらしい。
 まあ、何らかの理由が無い限り、その類の嫌がらせはしないのは知ってはいたがな。

 …ってイカン!

 女性陣に晒すつもりはないようだが、男連中の誰かには晒す可能性が高い。
 男相手ならそこまで深刻に考える必要もない気がするが、口の軽い奴に晒されてはたまらん。

 おれの通り名が、明日から「エロ本」になってしまう可能性だってある。

「うぉー!それは嫌だぁー!」

 嫌な想像がおれの原動力となり、とてつもない速さでエイミーの後を追う事を可能にした。
 今のおれなら、獲物を追う肉食獣のスピードにも勝てる(気がする)!

必死徒競走

 おれのあまりの勢いに、通りすぎる連中が一様に鳩が豆鉄砲食ったような表情だ。
 しかし、今のおれにそれを気に留める余裕は無い。

 エロ本を抱え、全力疾走する少年にのみ意識を集中する。

 少年は階段を上り、上の階に到達し、再び廊下を全速力で走り出す。

「待てぇ!」

 その姿を確認したおれも、脚に全力を要求する。
 脚はおれに応え、要求した以上の力で駆け出した。

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